ヘタレドラゴンの正体
僕は、闇竜の族長の言葉に息をのんだ。
族長の赤い瞳が僕のことをじっと見据えている。
その瞳が、闇竜の族長がこれから話すことが嘘偽りがないことを教えてくれる。
『先ほども言ったが、お主のその体は女神が作り出したものだ』
…女神…?
そんなものが本当に存在するのか?
それに、体を作り出すって…。
『女神は、お主と何らかの形で接触しているはずだ』
「接触…ですか…?」
女神と僕が会ったことがある…?
女神って、どんな姿形をしているんだろう…。
…。
そう考えているときに、僕はハッとする。
正体のわからない女の人が何度も出てきたあの夢…。
まさか、あの女の人が女神…?
でも、僕が知っている者の中で女神である可能性がありそうなのはあの女の人しかいない。
『思い当たる節があるようだな』
「…はい、何度か夢の中に見たこともない女の人が現れて…」
『恐らくはそれだ。女神は世界が大きく変わってしまうような事象を防ぐため、器を作り出してその器に選ばれしものの魂を入れ、そして世界に放つ。わしはお主のような者のことを、赤子の時に一度見たことがある』
「…つまり…僕がその、選ばれしものだと…そう言うんですか?」
『そうだ』
世界が大きく変わってしまうような時…。
女神は夢の中で言っていた。
『思い出せ、使命を』
『ドラゴン、人間、止めろ』
つまり、僕の使命はドラゴンと人間との争いを止めること…?
そして、ドラゴンと人間の争いは世界を大きく変えてしまうような大規模なものになってしまうということなのか…?
でも確かに、僕が選ばれて、そして魂をこの器に入れられたんだとしたら…そうしたらあの女神がさっきの夢で言っていたことにもつじつまが合う。
『あなたは、ジル=オルドランドだ』
『あなたを転生させたのは私自身なのだから』
という言葉と。
でもそうだとしたら…どうして僕みたいな人間を選んだんだろう。
使命を与えられる選ばれた人間なんて、僕が当てはまるわけがない。
だって僕は何もできない、白髪の呪われた子供。
『もう一つ教えておいてやろう。使命を終えた時、その器も役目を終えて消え去る』
「…器…この体の事ですか…? そうなったら、僕はどうなるんですか…?」
『さぁ…そこまではわしにもわからん。そのまま器もろとも魂も消えるのか…はたまた別の道があるのか。それはお主自身が女神に直接尋ねるのだな』
…ドラゴンと人間の争いは、もう始まってる。
だとしたら…僕は役目を達成できたとしても、近いうちに消えてしまうということか。
……そうか…なら…やってやりたい。
どうせいつか生き物は死ぬもの。
何かをやり遂げて消えるか、寿命で死ぬかなら、前者の方がいい。
こんなのは僕の妄想だ。
だけど、何かを成し遂げることができたら、それは…少しは母さんへの償いになるかもしれないから…僕は僕の出来る事を…。
『消えると聞いて臆したか?』
黙っている僕に、闇竜の族長はそう声を掛けてきた。
「…いえ…消えると決まっているなら、それは仕方ない…と思います…」
『なら生きる事すら諦めるか』
「いいえ、僕は…こんな僕でもできることがあるならやりたい…どんなことでも」
『…気に入った。レオ』
『あ、はい』
闇竜の族長の掛け声で、牢屋の扉の側にいた闇竜が牢の扉を空けて、中に入ってくる。
その入ってくるとき、闇竜の姿は黒髪の少年の姿へと変わった。
「よっ…と!」
そんな声とともに、僕の全身に絡まっていた鎖はばらばらと崩れ、消えてなくなった。
「え…な…何を…」
「お前が絡まってたその鎖は、俺の力で作り出したもんだからな。触れば消すこともできる」
人間の姿の時は僕と同い年ぐらいに見えるレオという黒髪の少年は、倒れている僕の方へと手を差し伸べた。
「捕まれよ」
「あ…ありがとう…」
レオに引っ張られて立ち上がると、闇竜の族長は言う。
『お主、随分と話を理解するのが早いじゃないか』
「…そうですか…?」
『あそこで悲観したり立ち止まったりするようなら殺して女神に突っ返してやろうと思っていたところだったのだが』
…一歩間違えてたら解剖どころか死んでたのか僕。
運命に従って消えるならまだしも、こんな薄暗いところで死ぬのはごめんだ。
『してお主、女神と接触したことがあるといったな? 今回の世界が大きく変わる事象とは?』
「…僕の使命は、多分ドラゴンと人間との争いを止めること…です。詳しく聞けたことがないのではっきりとはわからないんですけど…」
『やはりか…ならば、レオ』
「はい?」
『我が一族を代表し、お主がこやつに力を貸せ』
「はい…って、え!? なんで俺なんです!? 俺は牢の番をしてる下っ端っすよ!?」
『お主が面倒だからと昇進の試験を全て蹴っているのを知らぬとでも思ったか』
「…」
レオの方に視線を向けると、レオは大きくため息をついてから族長の前に跪いた。
「御意」
僕はそんな風に言うレオの後ろから、おずおずと声をかけた。
「あ…あの…闇竜の族長さん…」
『なんだ』
「どうして僕に協力してくれようとするんですか…? 僕はどちらかといえば人間側で…」
『女神は間違わない』
「え…?」
『そういうことだ。レオ、外にお迎えが来ている。その者とともに行け』
闇竜の族長は、そう言い残すと、ゆっくりと牢獄を後にした。
「…ちぇ…バレてたか」
闇竜の族長が出て行ったのを確認すると、レオはその場に胡坐をかいて両手を頭の後ろに組んだ。
「ここの仕事、結構楽で好きなんだけどなぁ。ま、いいや、とりあえず行くかジル。あぁ、俺のことはレオって呼んでくれて構わねぇぜ!」
「あ、えっと…うん、よろしくレオ…。行くって…?」
「さっき族長が言ってたろ。お前のお迎えが来てるって」
「僕のとは言ってなかったと思うけど…」
「いいから行くぞ! お前のせいで面倒に巻き込まれちまった!」
「ご…ごめん…?」
僕のせい…なのかな…?
僕は攫われて拉致されただけなんだけど…。
ちょっと納得がいかないけど…まぁ…黙っておこう。
レオに続いて暗い階段を上っていき、そして大きな扉を押し開けると、そこは外へと繋がっていた。
外には、赤い髪を二つに結わえた可愛らしい少女と、僕は初めてお目にかかる、長くまっすぐな金髪を持つ美しい女性が立っていた。
「げっ…お迎えって竜王の後継者と光竜の族長の事だったのか…随分なメンツだな」
僕に合わせてか、人間の姿のままでいてくれたレオはそう声をあげた。
「え…?」
「なんだ、迎えに来てくれた奴の事を知らないのか? あの金髪の方は光竜の族長。そんであっちの赤髪の奴が火竜族長の娘で、竜王の後継者だぞ」
「……え…?」
「おっかえりー!! ジル! 無事でよかった! なにもされてない?」
そう言いながら、竜王の後継者とレオが言う赤髪の少女は僕に抱き付いてくる。
「もー! 勝手に連れて行かないでよ!」
そんな風に、僕に抱き付きながら赤髪の少女はレオに向かって頬を膨らませて抗議する。
「や、こいつ連れてきたの俺じゃなくて族長なんで」
「知ってるよ、まだ元気なんだね。もうすぐ2000歳でしょ?」
「そーですね。族長はドラゴンの中で一番長生きっすから」
「そっかー…じゃあこれから会ってお話しするのは厳しいかな?」
「その必要はないですよ。族長は、俺にジルに力を貸せって命令を下したんで」
「……そうなの…? ってジル…どうかした?」
レオと赤髪の少女がやり取りをしている間、僕の思考は停止していた。
…だって…。
だって…!
「あんたが抱き付いたりするからビックリして固まっちゃったんじゃないですか? ジルって女慣れしてなさそうだし」
「えー? いつものことだよ?」
「いつも抱き付いてんですか…それはそれでどうかと…」
「うん! エリシアはジルの事大好きだからね!」
そう言いながら、ぎゅーっと僕を抱きしめるのは、今までずっと一緒に旅をしてきたエリシアで…。
「…エリシア…」
「離れないよ! またジルが攫われちゃったら嫌だしね」
「…そうじゃなくて…エリシアは竜王の後継者…だったの?」
「うん、あれ、言ってなかったっけ?」
…軽っ…!?
あれ、そんなもの…?
知られちゃったんだね、とかそういうのもなし!?
「そうだよ、一応はね。でもエリシアは、まだやりたいことがあるから竜王なんかにはならないの! ジルとも一緒に居たいしねっ!」
そんな風にさらに強く抱き付いてくるエリシアに、僕は困惑と驚きと酸欠と、そしていつもある恥ずかしさとで頭がくらくらとしてくる。
「あ…あれ!? ジル!? だいじょぶ!?」
「…だいじょばなさそうだな」
エリシアとレオの声が僕の耳に届くころには、僕の意識は暗闇へと落ちて行っていた。
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