責任感欠落人間のストレス
「だぁぁぁぁぁ!」
俺は目の前で光っている赤い球を見て発狂した。
この島と、三つの大陸をもう何度行ったり来たりさせられたかわからない。
その呼び出しの理由ときたら大半は何かを持ってきてくれとかいうくだらねぇ使い走りのような内容ばかり。
大体俺は、親父がS級の冒険者を呼び戻すときに迎えに行くってだけの役のはずなのに、なんでこんなことしなきゃならねぇ…。
「やめだやめ! こんなことばっかしてたら頭がおかしくなる!」
「兄上、仕事放棄はだめですよ」
「放棄じゃねぇ、俺はもともとこんな仕事を頼まれちゃいねぇんだよ!」
呆れたような顔をしたレインが、俺の側に大量の書類を抱えながらやってきたかと思うとそんな風に注意してくる。
この赤い球体が、俺が喋ったことを相手にも伝えてくれりゃあいいものを、それができねぇってのも質が悪い。
「けど兄上…エマ姉さんが呼んでいますけど」
「何度目だと思ってんだ!? 俺ぁそんなに暇じゃねぇんだよ」
「暇じゃないですか、そんな風にだらけて椅子に座ってるだけなんですから」
「いいや、俺はこれから帰って昼寝すんだよ」
「…本当に行かなくていいんですか?」
レインのその言葉にカチンとくる。
「うるせぇ、いんだよ。エリンも居るんだから大丈夫だろ」
「…後悔してもしりませんよ」
「だぁぁ、うっせぇな! 行きゃいいんだろもう!!」
乱暴に赤い球を机から取り、立ち上がった俺を見て、レインは満足そうに笑う。
「お前性格悪くなったか?」
「兄上に言われたくないです」
「ったく…俺を乗せんのがうめぇんだよてめぇは」
「そりゃあ20年兄上の弟をやってますから」
「そうだな」
そうだ、こいつは一番俺のことをよく知ってる。
昔の俺のことも、今の俺のこんな態度のわけも、全部。
後悔という言葉にめっぽう弱いことも。
俺は光っている球体を全て鞄にしまい込み、立ち上がってレインの横をすり抜ける。
「行ってらっしゃい、兄上」
「…おー」
気は乗らねぇが、行くっきゃねぇな。
エマがなんで俺を呼び出したのか、その言葉は聞きそびれたが…今度こそ、大変なことになってるかもしれねぇしな。
7度目の正直ってやつだ。
「待て! ゼアス!」
そんな後ろから声に、俺はもっとうんざりする。
「あ?」
振り返ると、手首を擦りながら寝巻に裸足で仁王立ちしているガキが一人…。
「また抜け出しやがったなクソガキ、大人しくしてやがれ」
「僕はもう任務に戻れる!」
「寝巻でか?」
「…普段の服はマアヤに隠された」
…散々だな。
今回ばかりはちょっとこのクソガキ…いや、レニアに同情してやってもいい。
「…可哀そうだが、まず服をお家から取ってくるとこから始めな」
「…」
俺の言葉に、レニアはむっとしたのか自分の太ももに手を伸ばし、そして気づく。
「おめぇの二丁拳銃なら、マアヤがどっか持ってたぞ」
「っーーーーーーー!!!」
もうレニアとしては言葉にならないほどの怒りのようだ。
「とにかく、僕を連れていけ! これ以上休んでいたら気が狂う!」
「武器もねぇガキを連れていけるか」
「ガキじゃない! それに武器なら、武器庫から持ってきた」
そう言いながら、壁に立てかけられた重そうな銃を指さす。
「…おめぇそれ持てるのか?」
「バカに…!」
そう言いながら銃に伸ばしたレニアの小さな手を、誰かが掴んだ。
レニアの背後には、いつの間にかヴィッタとマアヤが立っていた。
「…!? ヴィッタ…さん…」
「やぁ、レニア。ゼアスはこれから愛しのエマの元へ行くんだから、邪魔しちゃダメじゃないか」
「何が愛しだ気色わりぃ!」
「…あぁ、そうだったのか。すまない」
「てめぇも納得すんじゃねぇよ!」
興味なさげに謝ってきたレニアに突っ込みを入れてから俺はため息をつく。
出発する前からすんげぇ疲れた。
「レニア、おいで。三日間大人しくしていたようだから、仕事につれて行ってあげるよ」
ヴィッタがそうレニアに声をかけると、レニアは驚いたように目を見開き、そして嬉しそうに瞳を輝かせた。
なんで仕事に行くっつーのにあんなに嬉しそうなのか…俺には理解出来ねぇ。
しかもヴィッタの言葉には語弊がある。
「…大人しく…? 多分十回ぐらい抜け出して毎回マアヤにボコされてただろ」
「…うるさい」
俯くレニアのすぐ後ろ、マアヤに視線を向けると、マアヤは無表情で俺にピースサインを向けた。
…よくわからねぇやつだ。
スタイルも顔も相当良くて、あとはその無表情なのだけ直せばいい女なのにな。
まぁとりあえず、今俺の目の前にいる奴らは全員面倒な奴らばかりだし、なるだけ関わりたくねぇ。
もうガキが絡んでくることもねぇだろう。
そう思った俺はその三人の横をすり抜けて転送部屋に向かった。
嫌々ながら、転送装置を使い、エマたちのいる大陸まで飛ぶ。
そして今度は、呼び出し用の赤い球体を手に取る。
これは、呼び出した人物に近づくにつれて赤い光が強くなるように出来てる。
全く変なものを作り出したものだ。
転移魔法を使いながら、俺を呼び出しやがったエマとエリンを探す…が…。
「ひぃやぁぁぁぁ!!!!」
…このクソ間抜けな声はエリンだな。
なんてわかりやすい。
何やってんだか…。
そう思いながら、茂みをかき分けて歩いていってみると…。
地面にうずくまって頭を両手で守りながら、大量の鳥達につつかれているエリンがいた。
「…いや、本当に何やってんだよ」
エリンのすぐ側には鳥の巣のようなものが落ちていた。
…コケて木に突っ込んで鳥の巣落っことして鳥から逆襲されてるってか。
俺は溜息をつきながら、一撃魔法の柱をエリンの横に放った。
すると、エリンをつついていた鳥たちは驚いて飛び去って行った。
「だからその前髪なんとかしろっつってんだよエリン」
そう言いながら近づいていくと、エリンは驚いたように顔を上げた。
「ぜ…ゼアスしゃん…!!」
…「たん」の次は「しゃん」か。
なんで普通に「さん」って言えねぇのか…謎だ。
ぐいっとエリンの前髪を持ち上げてみると、綺麗なつり気味の目が見える。
「な…なにするです!?」
エリンは驚いたようにずざざっと後ろに下がり、前髪を両手で抑えた。
「その前髪が邪魔で崖から落ちたり木に突っ込んで鳥の巣落っことしたりするんだろうが」
「でもこの前髪はあると安心するですよ…」
「そんなもん知るか…」
「あぁ!!」
「あ?」
急に大声をあげたエリンに、俺は驚いて視線を向けた。
するとエリンは這うようにして木の根元まで行くと、卵を二つ拾い上げた。
「…割れてねぇのか?」
「はいです! ちゃんとあたいがキャッチしましたですから!…まぁ、その後つつかれたときに手を離してしまったですが…」
「そーか。じゃあ食うか?」
「だっ…だめです!! これは鳥さんたちに返すです!」
「はぁ…?」
エリンは二個の卵を大事そうに抱え、手早く前髪をピンでとめると、立ち上がった。
「ちょっと行ってくるですよ!」
そう言いながら、走り出す。
あのピンで前髪をとめたエリンは別人みたいだ。
エリンは何処にぶつかるわけでもなく、人間ではないような速さでさっそうと森の中を駆け抜けていった。
いつもそうしておけばいいものを…。
というか返すって…あの鳥は空飛んで逃げてったんだぞ…?
どうする気だ…?
まぁ、あの変人の考えることが俺にわかるわけもねぇか…。
俺はため息をつきながら立ち上がる。
で、肝心の俺を呼んだエマが居ねぇじゃねぇか…なんで一緒に居ない…?
そう思った時、近くの茂みががさがさと音を立て、そこから赤髪の女が出てきた。
その姿を見て、俺は少し安心した。
「あら! ゼアス! 遅いじゃないのよ」
「…エマ…エリンと一緒に居ねぇから死んだんじゃねぇかと思ったぞ」
「失礼ね、そんなに弱くないわよ」
「んで、何の用なんだ? 急を要すことが有りそうな気もしねぇけど…」
「あ、そうそう、狩り手伝って」
「…は?」
その為だけにこんなとこまで俺を呼び出したのか?
女じゃなけりゃぶん殴ってんぞ。
「エリンったら、動物は可哀想で狩れないって言ってここの所ずーっと野草で生活してたのよ。そのせいでお腹すいちゃって…」
「痩せていいんじゃねぇか?」
「なによ! あたしが太ってるっていうの!?」
「あーうるさいうるさい。わーったよ、手伝えばいいんだろ手伝えば」
「もー、レディに何か頼まれた時は嫌な顔をせずに手伝うべきでしょ? モテないわよ?」
「いんだよ」
「…」
歩き出した俺について来ながら、エマは黙って俺の顔を見る。
昔の俺とは変わったっとでも思ってるのか。
変わっても、俺は俺で…昔の自分に戻るつもりは毛頭ねぇんだけどな。
俺はもうあの日から、パーティのリーダーじゃねぇんだから。
そう思った時俺の脳裏に浮かんだのは、炎が蔓延した洞窟の中、焼け死んでいく人間たちの姿だった。
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