黄金の瞳
水竜は、僕達を連れて一際大きな石造りの建造物の入口に到着した。
その入口のそばには一匹の大きな水竜が立っており、僕達を見ると顔をしかめた。
僕達を案内してくれた水竜は、入口の側で番をしている水竜を見ると、おずおずと飛び去って行った。
『…火竜と…人間…? 何しに来た…』
『こんにちは、ビリー。久しぶり! 遊びに来たよっ』
エリシアはそんな水竜の方へ一歩踏み出し、いたずらっぽい目をしながら水竜に話しかけた。
『…エリシア…様…。ここは遊びに来るような場所では…』
『そうだね、エリシアは族長にお話があって来たの!通してくれるよね』
『…通さないって言っても…どうせ無理矢理にでも通るでしょう?』
『うん!』
エリシアの元気のいい返事に、水竜はため息をつくと入口からの侵入を防ぐかのように伸ばしていた尻尾を持ち上げた。
『ありがとう! ビリー!』
エリシアは礼を言うと、一歩を踏み出す。
それに、ミラとリザが続こうとすると、ビリーと呼ばれた水竜がふっと軽くブレスをした。
その水のブレスはミラとリザの足元で弾け、二匹は驚いて足を引っ込めた。
『エリシア様だけ…』
『待ってビリー。その氷竜と人間は連れていかせて! 大切な話なの』
エリシアがそういえば、ビリーは頷く。
『…わかった。他の火竜二匹は…ここに居てもらう』
そんなビリーの声に、ミラとリザはギョッとしたように体をこわばらせた。
ほぼ人質…いや、竜質のようなものだろう。
でも置いていくなら僕の方がいいんじゃないか…?
僕なら水は弱点じゃないし、それにミラやリザより確実に役に立たないだろうし。
そう思っている間にも、エリシアは前に進んでいく。
『ごめんね、ミラ、リザ! すぐに戻るから! 行くよ、シルヴィ、ジル!』
『え…エリシアお嬢様~…』
エリシアが言うのなら、仕方ないのかな…。
前を行くエリシアに僕とシルヴィはついて行く。
その後から、ミラとリザの情けない声が響いていた。
進んでいく道は暗く、壁も天井も、すべて大きな石が積み上げられてできていた。
幅はエリシア二匹分ぐらいだろうか…。
所々に松明が置かれているが、それで照らせる範囲は高が知れている。
それにしても…エリシアは随分顔が広いみたいだ。
水竜もエリシアを見れば一目でわかるみたいだし…。
だけど本当に、族長の娘と言うだけでこんなふうに扱われるものなんだろうか。
それも、自分の一族の中でならわかるが、他の一族からも様を付けて呼ばれるなんて…。
…一体、エリシアは何者なんだろうか。
そんなふうに考えているうちに、急に僕達は開けた、明るい場所に出た。
暗い石造りの道を歩いている間、いつの間にかエリシアは人化をしていた。
その明るい場所は階段状になっていて、一番上の段には青色の絨毯が敷かれ、その絨毯の上には柔らかそうな羽毛のクッションが沢山置かれている。
そのクッションの上に一匹の巨大な青いドラゴンが佇んでいた。
今まで出会った、どのドラゴンよりも大きい…!
もしかして、このドラゴンが…。
「レゾッタ! 久しぶりー!」
エリシアは楽しそうに笑うと、手を大きく振った。
レゾッタと呼ばれた大きな水竜は、体を起こすとエリシアをじっと見つめる。
『…あら、誰かと思えば…。エリシア=ストレイン様。お久しぶり。わたくしに何か用かしら?』
「今日はね、レゾッタにお願いがあってきたの!」
『…その前に、そこに居る人間と氷竜の説明を願えるかしら?』
「エリシアのお友達!」
…そんなテキトーな…。
『そう…』
…え、いいの?
今ので…?
シルヴィと僕はふたりで顔を見合わせるけど、思ってることは同じだろう。
『それで、お願いって何かしら?』
「人間とドラゴンの争いを止めるために、人間の味方について欲しいんだけど…」
『…そういうお願いは、即位してからにしたらどうかしら』
「エリシアはまだあの椅子に座りたくないの! それで、お返事は?」
即位…椅子…?
何のことだ…?
『水竜族長のわたくしが、ただの火竜族長の娘に従うとお思い?』
「違うよ」
エリシアがそう言った瞬間、エリシアの金色の瞳が光出した。
「…え…エリシア…?」
僕は驚いて声を上げるが、エリシアはそれには構わず、水竜の族長に向かってにっこりと笑いかける。
「ね? エリシアはただの火竜族長の娘、じゃないよ?」
『…』
水竜の族長はエリシアのその言葉を聞いて黙り込むと、ゆっくりと自分の体を起こした。
そして、前足で軽く地面を叩いた。
…!!
あれって…!!
僕は咄嗟にエリシアの前に飛び出してドラゴンの姿になり、水竜族長がしたのと同じように前足を地面に叩きつけた。
水竜族長の前足の先から湧き上がった水が波のようになって僕達の方に迫ってきたが、それに僕の力がぶつかり合うと、水竜族長の水すらも飲み込み凍りついた。
『…まぁ…』
「ジル、守ってくれなくて大丈夫だよ。レゾッタはエリシアを殺そうとしてるわけじゃないから」
『そ…そうなの…?』
僕には殺気のようなものが感じられたんだけど…気のせいだったかな…?
『流石は、エリシア様のお友達ね。随分とお強いみたい…だけど…あなた、その尻尾は…』
「それでレゾッタ、今のがお返事なの?」
水竜の族長は、僕の赤い鱗に覆われた尻尾を見て訝しげに目を細める。
そして紡ごうとした言葉を、エリシアが遮った。
…僕の赤色の尻尾は、やっぱりおかしいんだろうか。
水竜の族長は言葉を遮られたことで、エリシアにムッとしたように視線を向けてそのまま言葉を返す。
『…わたくしも争いを止めたいとは思っているわ。けれど、人間を殺さずに争いを止めようと思っているドラゴンは極わずかなの。』
「だから、エリシアに協力はできないってこと?」
『えぇ』
「そっかぁ…」
エリシアがそういった瞬間、もう一度エリシアの金色の瞳が光り出す。
それも、さっきよりも強く。
…一体何なんだ…これ…。
僕が瞬きをした次の瞬間、僕の目の前に居たのは人化したエリシアではなく、赤色のドラゴンの姿をしたエリシアだった。
…いつの間に、ドラゴンの姿に…?
しかも、立ち上がっていたはずの水竜の族長はその場に座り込み、少し不満そうな瞳でエリシアのことを見ていた。
『…わかったわ、協力すればいいのでしょう?』
『やったぁ! ありがとう、レゾッタ!』
今の一瞬で…どう言う心境の変化なんだろう…?
でもこころなしか、エリシアも水竜の族長も、疲れたような瞳をしている。
『エリシア様がそこまで言うのだもの、きっと信頼に値する人間なのだわ』
『うん、きっとあの人間たちは、約束は破らないよ』
そこまで…という言葉にも引っかかる…。
エリシアが何か人間に関して言っていた記憶がない。
…どういうことだ…?
すぐ横を見れば、シルヴィも困惑したようにエリシアと水竜の族長を見つめている。
…エリシアと水竜の族長が…僕とシルヴィには全く伝わらないように何か会話をしていた…?
そんなこと…出来るわけがない…。
だってあの水竜の族長がエリシアからのお願いを断ってから、瞬きをするぐらいの間しかないのに考え方が変わっていた。
…なら…どうして…。
ふたりが本当に会話をして決めたのなら…。
まるで…僕とシルヴィの時間だけが止まっていたみたいだ…。
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