竜の里への道
リージェン大陸を出発してから四日が経った昼間。
僕とシルヴィ、そしてミラはリザの背中の上に乗せてもらっていた。
竜の里というのは、人間が住んでいる場所から思った以上に離れていて、ドラゴンの翼で飛んでいてもなかなか辿り着かなかった。
今までは、エリシア、ミラ、リザが交代しながら空を飛び、僕とシルヴィのことを運んでくれていた。
僕が何度代わりに飛ぶと言っても、ミラとリザに
『お嬢様の恩人にそんな事させられない!』
と止められてしまうのだ。
…なんだか歯がゆい思いだ…。
まぁ、僕はここにいるどのドラゴンよりも体が小さいし、乗り心地も悪いのかもしれないけど…。
それでも翼をを休めるための土台にぐらいはなれるはずなのに…。
それほどに僕は頼りなく見えるんだろうか。
今、リザの背中の上ではミラが人化してリザの首のあたりに跨って休んでおり、シルヴィと僕は並んでリザの背中のなるべく平らな部分に座っていた。
雲の上を飛んでいる今、振り落とされたら僕はともかくシルヴィが大変なことになってしまう。
そうならないように、エリシアはリザの側をぐるぐると飛んでくれているみたいだ。
僕はそんな中、ちらりとシルヴィに視線を向けた。
シルヴィはさっきから何も言わずにエリシアを見つめている。
「…シルヴィ…? どうかしたの…?」
「え…あぁ、何でもないの。ただちょっと…」
「…ちょっと?」
「前から思ってたんだけど、何となく、エリシアの目を見てると少し懐かしい気がするの」
「…懐かしい…?」
そう言われて僕もエリシアの目を見る。
エリシアは、赤い鱗に映える、神秘的にすら見える金色の瞳を持っている。
リザもミラも、そしてあのテスというドラゴンも、みんな目は赤っぽいような紫っぽいような色なのに、エリシアだけは金色だ。
僕としてはもう見慣れちゃってて、そんな美しさもあまり感じなくなってきてるけど…。
「昔、会った事があるかもしれない、とか?」
「…そう…なのかしら、あの金色の目は…なんとなく見たことがある気がするんだけど…」
シルヴィがそこまで言った時、前方からエリシアの大きな声が上がった。
『皆! 見えてきたよー!!』
そんな声に僕は顔を上げた。
そして目に飛び込んできた光景は、雲を突き破るようにしてそびえ立つ巨大な岩壁だった。
「な…なにあれ…!?」
『あれは、竜の里を囲って守ってくれてる岩壁だよ! あれのおかげで、竜の里には魔物も殆ど入って来れないの』
「でも…どうやって中に入るの?」
僕のそんな問いかけに、リザが視線をこちらに向けて言う。
『あそこに、小さく岩がくぼんでいるように見えないか? あのような小さな入口からしか内部に入ることは出来ないんだ』
『ミラ、リザ! 北側から入るよっ! ミラはジルを乗せてあげて!』
『はい、お嬢様!』
ミラはリザから飛び降りると、すばやくドラゴンの姿になり、翼を羽ばたかせた。
そして、リザにぴったりと体をつけると、僕に乗れというように首を振った。
僕はおずおずとミラの背中に乗る。
すると、いつの間にかすぐ側まで来ていたエリシアが
『ちゃんと振り落とされないように捕まっててね、攻撃されないように、雷竜一族の縄張りはスピードを緩めずに突っ切るから!』
と前足をぷらぷら振りながら言った。
そんな言葉を聞いて、僕はミラの背中にある出っ張りを優しく両手で掴んだ。
…これで、大丈夫なんだろうか…。
振り落とされないようにって言われても、どの程度の速さで飛ぶのかわからないし…。
『じゃあ、行っくよー!』
エリシアはそんな声とともに凄まじい勢いで加速を始めた。
それに、リザとミラも続く。
「いっ…!?」
加速を始めたミラの背中には、強い向かい風が吹き付け、振り落とされるというよりは吹き飛ばされそうだ。
必死に背中にしがみついていると、ミラは岩壁の穴に突っ込んだ。
そして、ぐるりと体を捻りながら飛び抜ける。
…む…無理、気持ち悪…っ……。
しかも、握力も腕力も既に限界なんだけど…!
前を行くリザからなんでシルヴィが落ちないのか不思議だ…。
あぁ、でも、確かにシルヴィって体術とか凄かったし、握力も強かったような…。
やっぱり僕は女の子よりもひ弱なのか。
って、そんなこと言ってる場合じゃなくて…本当に落ちる…!
そう思った瞬間、ミラの体は狭い穴から抜け出し、強く羽ばたいて高度をあげた。
『大丈夫?』
ミラは首を捻って僕を見ると、困ったように瞬きをした。
『ごめんなさい。ここからは少しゆっくりになるので、我慢してくださいね』
「は…はい、ガンバリマス…」
ミラが言ったゆっくりというのも信用ならない。
未だに前方から強風が吹き付けていて、息もし辛いぐらいの速さで飛んでいるのに、ゆっくり、だとは…。
何とか根性でしがみつき続け、僕の両腕が痺れて使い物にならなくなってきた頃、やっと赤いドラゴン三匹はスピードを緩めた。
よ…よかった…。
振り落とされなかった…。
いっそナメクジみたいに張り付くことが出来たら楽だったのに…僕の性能はナメクジ以下か。
『ジル、だいじょぶだった?』
「う…うん、何とか…」
そう尋ねてきたエリシアに言葉を返し、ミラの背中から手を離して腕を振る。
『水竜族の縄張りについたから、ちょっとずつ高度を落としていくね! 里はもう少し南側にあるはずだから』
「雷竜の一族みたいに襲っては来ないの…?」
『来ないよ。水竜の一族は基本的に優しいドラゴンばっかりだから!』
エリシアがそういった時、ミラが一瞬口を開こうとして顔を上げ、そしてそれをやめた。
…?
何を言おうとしてたんだろう…。
ミラは、前を行くエリシアを心配そうな瞳で見つめていた。
高度を落としていくと、段々と巨大な石でできた建造物が現れてくる。
「あれは…?」
『あれはドラゴンたちが住んでいる家ですよ。人間のものとは比べ物にならないですよね。…というか、あなたも竜の里の生まれでしょう?』
訝しげにそう言うミラに、僕が言葉を返す前に、里の一角から青色のドラゴンが飛び出してきた。
『おい、お前達。火竜がこんな所で何をしてる! ちゃんと手続きは踏んだんだろうな?』
…全然穏やかなように見えないのは僕だけだろうか。
ミラとリザも首をすくめてエリシアの方を見ている。
『踏んでないよ』
『なんだと……え…エリシア様…?』
言葉を返したエリシアの方に視線を向けた水竜が、一瞬動きを止めたかと思うと、驚愕の面持ちでエリシアの顔を見つめた。
…エリシア、様?
『エリシアたちは、水竜一族の族長さんにお話があるの。案内してくれるよね?』
『か…かしこまりました』
…族長の娘っていうのは、そんなに権力があるものなんだろうか?
飛び出してきた水竜は、エリシアのことを見た途端に大人しくなり、素直にエリシアの言うことに従いだした。
『あ…あの…何故エリシア様がここに…。まさか、継ぐことを決心なされたのですか…?』
『残念だけど…あなたに今話せることは何にもないの。早く連れてって!』
おずおずと話しかけた水竜へのエリシアの返事は、何故だか威圧感すら感じさせた。
あのエリシアから威圧感なんて…。
それに、継ぐっていうのは何のことなんだろう…。
僕はエリシアが何者なのか何も知らないという現実を突きつけられたような気がした。
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