お嬢様への依頼
僕とエリシア、それにヴィッタさんとマアヤさんは、向き合った状態で沈黙していた。
「あ…あの…ヴィッタさん…話っていうのは…?」
なかなか口を開かないヴィッタさんに、僕がおずおずと話しを切り出すと、ヴィッタさんは薄っすら笑みを浮かべたまま首を傾げた。
まさかこの人…話の内容を忘れたんじゃ…。
「…申し訳ありません、主人は頭のねじが少し足りないようで」
「ストレートに悪口言わないでくれるかい、マアヤ」
「事実しか言っていません」
「わぁ、冷たい。大体マアヤが話そうとしていたところに出てきたから忘れちゃったのだよ」
「それは失礼しました。その程度で忘れてしまうほどヴィッタさまの頭がよろしくないとは思っていなかったもので」
無表情で、無機質な声で、マアヤさんのヴィッタさんに対する罵倒の言葉は止まらない。
それでもヴィッタさんは優し気な笑顔を絶やさないし…。
よくわからない関係性な二人だ。
その後もヴィッタさんは首を捻り、数秒後思い出したように顔を上げた。
「そう、思い出したよ。君に、頼みたいことがあったんだ、エリシア」
「…エリシアに? なぁに?」
「君はドラゴンで、火竜の族長の娘。そして竜王は不在だと、そう言っていたよね?」
「ヴィッタお兄さん、盗み聞き?」
「うん、そうだよ」
悪びれることもなく盗み聞きを認めるなんて…。
「君に、ドラゴンが人間を襲うことをやめさせることはできるかい?」
「エリシアには、全部の部族を止める事なんかできないよ」
「…というと…全部、ではなく一部を止めることはできるのかい?」
「…うん…できるけど、でもエリシアが止められるのは人間を攻撃することに対して消極的な部族だけだよ。だから、そんなに攻撃の手は緩まないと思うけど…」
「そのドラゴンたちを、人間の味方に引き入れることは?」
「できると思う…けど、人間が先にドラゴンを殺すっていう姿勢を改めないと…」
困ったように言うエリシアに、ヴィッタさんは余裕そうな笑みを見せた。
「それはもちろん、大前提だしね。もし人間が姿勢を改めるんだとしたら、味方に付いてくれそうかい?」
「多分…ドラゴンたちもこれ以上味方が傷つくのを望んでないと思うから」
「なら、マアヤ準備を始めてくれ。姿勢を改めるための…ね」
「かしこまりました」
ヴィッタさんの言葉を受けて、マアヤさんは素早く駆け出し、森の奥へと姿を消してしまった。
「あの…その姿勢って…そんなに簡単に改められるものなんですか…?」
「うん。この人間の世界の全ての理決めている者がだれか、君は知っているかい?」
「…神…」
「そう、神と崇められている、人間だ。神が決めた理に反することも、それに異論を唱えることも許されない。となれば、我々が姿勢を改めるためにすることはただ一つだと思わないかい?」
…まさか…
千年以上もこの世界を収め続けている神を…殺すと…そう言っているのか…?
でも、そんなのどうやって…?
今までだって、神に異論を唱えたもの、神に反抗したものは全員消されてきたと言われているのに…。
「理解してくれたみたいだね。大丈夫。我々にはそれを可能とする兵器がある」
ヴィッタさんはそう言いながら、僕の目をじっと見つめた。
「というわけだ。対価は前払いの方がいいのかもしれないけど、あいにく私たちにはそれができない。どうにかして一部のドラゴンを味方につけてくれ。君のその、異質な能力をちらつかせばできるんじゃないかい?」
「……」
異質な能力…そう、ヴィッタさんはエリシアの方を見て言った。
…どういうことだ…?
エリシアになにか普通のドラゴンとは違う能力があるなんて、そんなの初耳だ。
ヴィッタさんの言葉に、エリシアは一瞬の間をおいてから、いつものようににっこりと笑った。
「わかった、エリシア頑張るよ!」
ヴィッタさんに両手で拳を作って見せながら笑うエリシアは、いつも通りのエリシアだった。
どこか子供っぽい、可愛らしいエリシア…。
だけど最近、子供らしからぬ大人びた表情をするようになった気がしてならない…。
僕の気のせいかもしれないけど…。
「そうだ、結界維持装置ってやつを守るお仕事は、大丈夫なの?」
「あぁ、それは心配しなくていい。この大陸にはレニアがすぐに復帰するし、他の大陸もS級の冒険者たちが守っているからね」
「そっか…わかった。ねぇジル…エリシアと一緒に、竜の里まで来てくれないかな…」
エリシアはそう言いながら僕の方を見る。
その問いかけに、僕は選択肢すらないように感じた。
エリシアを一匹で竜の里に向かわせるのは危険だし、ついて行くのはシルヴィやゼアスさんを含めても僕が一番適役なはずだ。
この状況下で、人間が竜の里に行こうものなら、見つかればすぐに殺されてしまうだろうから…。
それに僕も、ドラゴンに生まれ変わったからには一度は竜の里というのを見てみたかった。
「うん、僕も行くよ」
僕がそう答えると、エリシアは金色の瞳を輝かせた。
「本当!? やった、ありがとう! ジル大好きー!!」
「…え、ジルくん、君もしかしてドラゴンだったの?」
飛びついてきたエリシアに押しつぶされ、ヴィッタさんのその問いかけに今更感を覚えつつ、僕はなにも言葉を発せずにその場に倒れた。
「ちょ…ちょっと…エリシア…は…離して…」
何度やられても、抱き付かれることは慣れない。
心臓が激しく音を立て、しかも首に腕を回されているせいで酸欠で死にそうだ。
「…ジル君がドラゴン…ねぇ…そんなこと…あるはずが…」
ヴィッタさんの呟きは、途中で何かの大きな羽音によってかき消された。
その羽音はどんどんと近付いてきたかと思うと、大きなドラゴンの咆哮のようなものが聞こえた。
『エリシアお嬢様ーーー!!!!』
と。
その声とともに、僕と、僕に抱き付くエリシアの真横に巨大な赤いドラゴンが降り立ってきた。
そのドラゴンは人化をして、真っ赤で短い髪をもつ美しい人間の女性の姿になると一目散にエリシアに向かって走ってくると、エリシアを抱きしめた。
「エリシアお嬢様! よくぞご無事で…!」
…なんなんだ…いきなり…でも、エリシアを引き剥がしてくれたおかげで、僕としては助かったんだけど…。
「…ミラ…!? どうしてここに…?」
「エリシアお嬢様…こんな薄汚いドラゴンの側に居たら、悪いものが移ってしまいますよ!」
ミラと呼ばれたドラゴンは、僕の方に視線を向けると、汚物でも見たかのように眉間にしわを寄せた。
…あぁ、なんかそんな風に罵られるのは久しぶりだ…。
「ちょっとミラ! ジルはエリシアの命の恩人なんだよ!」
「…え」
「雷竜に追われてたところを、助けてもらったんだから!」
「…そ…そうとは知らず…申し訳ありません…! どうせ薄汚い異端者の生き残りだろうと思ってしまいました!」
…相当に正直なドラゴンだ…。
僕じゃなかったらだいぶ心が傷ついていたことだろう…。
いや、僕の心が特別強いわけじゃない。
ただ僕は、言われたことをその通りだと納得してしまうからあまり傷つかないだけだ。
…そんなことはどうでもよくて…どうしてこんなところにドラゴンが…?
そう考え始めたとき、空からもう一匹、真っ赤なドラゴンが降りてきた。
『ミラ…! 一匹で突っ走るなと何度言ったら…!』
「見てリザ! エリシアお嬢様よ!」
リザという真っ赤なドラゴンに、ミラというドラゴンはエリシアを突き出して見せる。
すると、大きな赤いドラゴンの赤っぽい瞳から大粒の涙が零れた。
『え…エリシアお嬢様…よくぞ…ご無事でぇぇ…!』
……もう、何から突っ込んでいいかわからないんだけど…。
そんな風に泣き声のような声をあげるドラゴンの背中から、一つ、人影のようなものが飛び降りた。
「ジル、エリシア! 無事でよかった!」
そんな風に言いながら、こちらに駆け寄ってきたのはシルヴィだった。
なんでシルヴィがドラゴンと一緒に…?
というか、任務はどうしたのか…。
聞きたいことはたくさんあったけれど、なんと言おうとしてもドラゴンの泣き声にかき消され、その後数分、僕たちはドラゴンが泣き止むのを待つ羽目になった。
最後まで読んでくださってありがとうございます!
よければブックマークよろしくお願い致します!




