ヘタレドラゴンとお嬢様
僕は、ドラゴンの姿のまま息絶えた赤いドラゴンの側に佇むエリシアのことを見ていることしかできなかった。
僕みたいな人間と話すことが極度に苦手なクズには、今のエリシアのことを慰めることなんか出来そうにない…。
ただ…言葉では慰められなくても、側に居ることはできるかな…。
僕はそっとエリシアのすぐ横に腰を下ろした。
そんな僕に、エリシアはちらりと視線を向けてからまたゆっくりと息絶えたドラゴンへと視線を戻した。
『…ジル……あのね…このドラゴンはテスっていうんだけど…元々エリシアの従者だったの』
しばらくの沈黙ののちエリシアはそう口を開いた。
「従者…? エリシアって…ドラゴンの里ではどんな立場だったの…?」
そういえば、このテスというドラゴンはエリシアのことをエリシアお嬢様って言ってたっけ…。
お嬢様と従者ってことは、そんなに低い身分ではなかったんだろう。
『エリシアはね…火竜の族長を代々務めるストレイン家の娘だよ』
「…族長…」
『ドラゴンの里では、ドラゴンの種類ごとに部族分けをして、その中で力のあるドラゴンを族長にするの。火竜は力を持ってる家が決まってて、代々その家の子が族長の後を継ぐんだよ』
そう言いながら、エリシアは立ち上がる。
そして、息絶えているドラゴンの首元を優しく噛んで持ち上げた。
「…エリシア…? 何するつもり…?」
エリシアは、ドラゴンの亡骸をずるずると引きずっていく。
そして、もう一歩踏み出せば崖から落ちて、海へと真っ逆さまというような場所で、そのドラゴンを離した。
「…!? エリシア…! その下は…!」
『…ばいばい、テス…』
海に落ちたドラゴンの綺麗な赤い鱗が、黒く変わっていく。
そして完全にそれが沈むころには、その遺体は跡形もなく消えていた。
「どうして…」
「…人間が、ドラゴンの討伐用に使ってる武器…何でできてると思う? 鋼も通さない、ドラゴンの硬い鱗を破れるようなもの…」
「…まさか…」
エリシアは人化すると、海から顔をそむけた。
ドラゴンの鱗を砕くため…死んだドラゴンの鱗を使って武器を…?
「テスは、そうなることを望んでないと思うから」
エリシアはそう言うと、僕の横をすり抜けて歩き出す。
「…エリシア…」
ドラゴンの姿の時とは違って、その背中は僕より小さくて…そして少し震えてるようにも見えて…。
僕は気が付いたら、エリシアの手を引いていた。
「…ジル?」
「……」
振り返ったエリシアの頭に、僕は無意識で優しく手を置いた。
それにエリシアは驚いたように目をぱちくりとさせる。
……。
勢いでこの状態になっちゃったのは…百歩譲っていいとしても…。
この後どうしたらいいの…?
…もしかして僕、エリシアに随分無礼なことをしてる…?
上から頭を押さえつけるなんて…!
しかも、この状態で固まってるなんて、はたから見たら変質者って思われそう…。
だけど、今さら慌てて手を離すなんて…!
「…っ……! うえぇぇん!!!」
三秒ほど固まった後、エリシアは思い切り僕に飛びついてきた。
「ぐえっ…」
よ…予想外だけど……とりあえずあの状態から抜け出せた…かな…。
エリシアは僕に抱き付いたまま声をあげて泣いている。
そんなエリシアを受け止めて、僕は背中を優しく叩くけど……あれ…また出口が見えない…。
何か言うべき…?
でも言うとしたらなんて…?
言葉の選択を間違えたら逆効果だし…。
結局数十分間、僕はおろおろと何かしてあげられるわけでも、声をかけてあげられるわけでもなく視線をさ迷わせていた。
「…よーし…エリシア頑張る!」
まだ目は赤いが、泣き止んだエリシアが、そんな風に声をあげて立ち上がった。
そんなエリシアに続いて、僕も立ち上がる。
何をしたわけでもないのに、疲労感がマックスなのはなんでだろうか…。
やっぱり、慣れないことはするもんじゃない…。
「…エリシア…レニアのこと…憎んでたりする…?」
「ううん!」
僕の問いかけに、エリシアはきっぱりと答えた。
「大丈夫、エリシアは仕返しなんかしようと思ってないから! 憎しみからは何にも手に入れられない…ここでエリシアがレニアに仕返ししたら、お父様と一緒になっちゃうからね」
そう言いながらエリシアの顔に浮かんだ笑顔は、いつも通りのものだった。
…すごいな…。
ついさっき、大切に思っていた従者が死んで、それで泣いてたのに、もう元通りになっちゃうなんて…。
でも、誰かを失った時の心の傷は、そんな簡単になくなるわけじゃないって、僕もよく知ってる。
…しばらく、エリシアのことは気にかけておこう…。
「エリシアのお父さん…ファイアドラゴンの族長が、人間を襲うように命令したの?」
「うん、そうだよ。本当は、族長よりも上の身分の、竜王が決定を出すんだけど、竜王は17年前から行方不明なの。勝手に後継者を立てるわけにもいかなくて…今は八つの部族の族長がそれぞれの部族の主導権を握ってるんだよ」
…行方不明…?
生死もわかってないってことか…。
竜王が不在ってことは、もしかしたら竜の里の中はあまり統制が取れてないのかもしれない。
「八つの部族のうち、五つは人間を滅ぼすべきって考えてる…エリシアはそれを止めたいの!」
そう言いながら、エリシアは手をぎゅっと握って僕の顔を見た。
「ジルも、ドラゴンと人間の戦いなんて、止めたいって思うでしょ?」
「…ドラゴン…人間…止めろ…」
「…ジル?」
「あっ…うん…。僕もそう思う…」
頷いてそう返事をすると、エリシアはうんうんと僕に頷き返す。
「ドラゴンも人間も、仲良くできれば一番いいよね!」
「確かに、私もそう思うな」
「だよねっ!」
そう、ごく自然に入り込んできた声に、エリシアは普通に返事をする。
そして一瞬間を置いてから、
「え…?」
と声をあげた。
「い…今の僕じゃないよ…?」
「うん…声で違うなって思ってんだけど…でもエリシアとジル以外、誰もいないよ…?」
辺りを見回してみるが、確かに僕たちの周りには誰もいない。
「あれっ…姿が見えないかい? いやぁすまない」
そんな声が聞こえたかと思うと、僕の目の前に一瞬で人が現れた。
「わあぁ!? ど…どど…どこから…!?」
「やぁ、驚かせてすまない。それより君、随分いいリアクションするじゃないか! 気に入ったよ」
「は…はぁ…?」
くせ毛の短い黒髪を持ったその男は、僕ににっこりと笑いかけた。
そういえばこの声…どこかで…。
「お兄さん誰…?」
そんなエリシアの声に、男は心外そうに口を開く。
「さっき自己紹介しなかったかい…? 私はヴィッタ=カトランガだ」
「…さっきの…声の人…」
「あれ、姿を見せてなかったかい? これは失礼」
「…あの…あなたは何者なんですか…? それと、レニアはどこに…」
「レニアはギルドの救護室に運んでおいたよ。無理はするなっていつも言ってるのにあの子は全く…。あぁ、そう、私が何者か…だね? 私はギルドの冒険者だよ、まぁ、見ての通りだ」
「もしかして、お兄さんもえすきゅー冒険者ってやつなの?」
エリシアの言葉に、ヴィッタさんは驚いたように目を見開く。
「よくわかったね? 確かに私はS級の冒険者だ」
「うん、お兄さん我が強いからそっかなって」
…見極めるポイントはそこなのか…。
でもこれで、S級の冒険者である人間6人全員を把握できた。
さて…この人はどんな変人なのだろうか…。
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