ためらいが命取り
私とエマさんが、襲われた結界維持装置まで到着した頃には、黄色い大きなドラゴンが両手に短剣を持ったエリンさんの目の前に這いつくばっていた。
『ぐ…くそ……人間ごときがぁ…っ!』
そう言いながら動けない様子のドラゴンの翼は、的確に筋肉の部分を切り裂かれていた。
……酷い…。
襲撃してきたのがドラゴン側だったとしても、やっぱりこんな争いはやめるべきだわ…。
私はそんな動けないドラゴンに向かって歩き出した。
「ちょっと、シルヴィ!?」
「すみません、エマさん。私に少し、時間をください」
私はそう言いながら、止めようとするエマさんの横をすり抜ける。
そして、ドラゴンの目の前まで行くと、口を開いた。
「…教えて。あなた達ドラゴンは何故人間を襲うの?」
『何故…? 何故だと!? お前達が我らの同胞を殺すからだろう!! 人間ごときが…!!』
威嚇して吠えるように犬のように、ドラゴンは私に向かって牙を剥く。
「…そう。なら、私たち人間が何をすれば、ドラゴンたちは許してくれるのかしら…。こんな風に襲撃を続ければ、私たちだってドラゴンたちを攻撃せざる負えなくなるのよ」
『貴様…わしの言葉がわかるのか?』
黄色いドラゴンは、驚いたように首をもたげた。
「えぇ、わかるわ」
『…貴様らに許される術などない。我らが族長は人間を殲滅すると仰った』
「……でも、こんな争い不毛だわ」
『…。不毛…不毛か。そうだな…』
黄色いドラゴンは、そう言いながら俯いた。
このドラゴンは、人間を殲滅することに賛成なわけじゃないのかしら…。
『だが…そんな不毛な争いの火種となったのは人間の行動だっ!!』
そんな声とともに、ドラゴンが勢いよく体を起こし、私に襲いかかってくる…はずだった。
だが、一瞬の間にそのドラゴンの首はエリンさんの短剣によって切り裂かれていた。
ドラゴンの断末魔があたりに響く。
「あ…」
そのドラゴンは憎しみに満ちた表情で崩れ落ち、そして動かなくなった。
エリンさんの左手に持っていた短剣の刃の部分は砕け散り、右手に持っていた短剣でトドメをさしていた。
エリンさんは倒れたドラゴンの横に着地すると、手首をぷらぷらと振った。
「…あぁ…折角この依頼用に作ってもらった短剣が壊れちゃったですね…」
「……」
こうして…憎しみが積み上がっていくんだわ…。
こんな最期だなんて…。
エリンさんが悪いわけじゃない…。
でも、あのドラゴンが悪いわけでもないのに…。
「…シルヴィちゃん」
そんなエリンさんの声に、私は顔を上げた。
「殺すことをためらっちゃいけないです。ためらったら、殺られるのはあたいたちですし…なにより、マスターの命令は結界維持装置の死守…再び襲ってくる可能性は、すべて排除しろってことです」
「…えぇ。エリンの言う通りね。もしもドラゴンたちの死を見るのが辛いというのなら、依頼は降りた方がいいわ」
「……」
エマさんは私の横を通り過ぎ、ドラゴンが完全に息絶えたことを確認すると、ドラゴンの首に刺さっていた短剣を引き抜いてエリンさんに投げ渡した。
「ありがとうです、姉さん。シルヴィちゃん、あたいたちだって、ドラゴンを殺すことに何も感じてないわけじゃないですよ…でも、やらなきゃならないです。人間を守るためにです」
弧を描いて落ちてきた短剣を受け止めて鞘に収めたエリンさんは、少し寂しげな目でそう言った。
…こうなることは、この仕事の内容を伝えられてから覚悟してたはずよ…。
もしかしたら、襲ってきたドラゴンが殺されるかもしれない…ドラゴンに殺されるかもしれない…。
それなのに…私は何の覚悟もできてなくて、何の役にも立てなかった。
ドラゴンの死を目の前で、ただ目を見開いて見ているだけだった。
そんなのは、赤ん坊でもできるわ。
……私が、守りたいのは人間? それとも、ドラゴン?
…わからない…両方とも、傷ついて欲しくない…。
「やっぱり、この子には早かったかしらね。自我も意識もない魔物の討伐とはわけが違う。ドラゴンの顔は表情を映すから」
そう言いながら、エマさんは赤く光る球体をカバンから取り出した。
そして、その球体を頭上に掲げ、
「ゼアス」
と一声、その球体に向かって声をかけた。
すると、その球体は更に赤色の光を強く放ち、そしてその後すぐに消えてしまった。
「…エマさん、エリンさん…すみません。私が未熟なばっかりに…」
「大丈夫です、あたいなんか魔物を殺すのも躊躇ってよくゼアスさんに怒られてたですから」
エリンさんは私に向かってにっこりと笑いかけると、息絶えた黄色いドラゴンの方へと歩いて行った。
「なんだ、エマ。やっとゆっくり寝れると思ったのによ」
突然聞きなれた声が後ろから聞こえて、私は驚いて振り向いた。
するとそこには、いつものように面倒そうな表情でゼアスさんが立っていた。
「ゼアス、シルヴィを連れて帰って」
「あ? そりゃあどういうこった? シルヴィが何かやらかしたのか?」
ゼアスさんは私に視線を向けるけど、私はゼアスさんと目を合わせただけで、何も言えなかった。
…なにかやらかしたんじゃない、私は何も出来なかった。
「…あぁ。話しかけちまったのか」
ゼアスさんは、息絶えたドラゴンと私の顔を交互に見ると、そうつぶやくように言った。
「……」
「話せば少なからず情は湧く。わかってたことだ」
「……うん」
「話す? それはどういう意味なの? ゼアス」
「シルヴィは、ドラゴンの言葉がわかるんだ。だから親父に何度もシルヴィは防衛のメンバーから外すべきだって言ったのにな。行くぞシルヴィ。ギルドの中でも仕事は山ほどあんだからな、手伝え」
そんなゼアスさんの言葉に、エマさんは目を見開いた。
「それで…ドラゴンに近付いて行っていたの…不思議な力ね…」
「そんじゃ、エマ。言われた通りこいつは連れて帰る。気ぃ抜くなよ」
ゼアスさんは、エマさんにそういうと、私の腕を引っ張っていく。
ぶっきらぼうなその言葉は、私を慰めようとしているものだってわかった。
ゼアスさんはいつもこうだ。
なんだかんだ言っても、他人思いで優しい。
でも今は、そんな優しさが胸に刺さって痛かった。
私は人間で、冒険者ギルドの一員で…でも本当は、小さなことで困っている人やドラゴンを助けるような地味な仕事をしたかった。
…一方を蹴落として、一方を助けるなんて、そんなこと…あっていいはずがないのに…。
「シルヴィ」
「…?」
前を行くゼアスさんがそう私に声をかけたことで、私はハッと現実に戻される。
「ついさっき、フォーティ二大陸に、ドラゴンの襲撃と人化をしたドラゴンの侵入があったっつー報告があった。その人化をしたドラゴンを一人の冒険者がとっ捕まえてきたんだが、ドラゴンの姿になったまま何も話そうとしねぇ」
「…!」
「やってもらいてぇこと、わかるな?」
「えぇ…頑張る」
私がそう頷くと、ゼアスさんは私の頭に手を乗せた。
「おし、じゃあ行くぞ!」
ゼアスさんのそんな声とともに、一瞬でギルド支部の転送部屋まで飛ぶ。
そしてその転送部屋から、ギルド本部まで戻った。
ゼアスさんがマスターに言ってたお迎え役っていうのは、このことだったのね…。
ギルドの中に入ると、一つの机にマスターが一人で座っていた。
「親父、連れ帰ってきた…あ…? ヴィッタはどうした?」
ヴィッタ……ヴィッタ=カトランガ…?
No.1って言われてた人の事かしら…。
「あやつなら、ちょっとリージェン大陸までとか言って飛び出して行きおった」
「はぁ…? 相変わらず自由な野郎だな…」
ゼアスさんも相当な自由人だと思うんだけど…。
それにしても、今のマスターの口ぶりだと、ヴィッタさんは転送装置を使わずに他の大陸まで行ったってこと…?
そんなこと、ゼアスさんにもできないのに…。
エリンさんはおっかないとか言ってたし…どんな人なんだろう…。
「まぁ、そりゃ別に今はどうでもいいな。シルヴィ、行くぞ。ドラゴンは地下だ」
「…地下…?」
「あぁ、そこにある隠し階段からいける」
そうゼアスさんが指さしたところは、掲示板の真裏で、床に小さな突起がついていた。
それを、ゼアスさんが引き開けると、暗い石造りの階段が出てきた。
見たところ、人一人が通るので精一杯なぐらい狭い階段で…。
「どうやってこの下にドラゴンを運んだの? 転移魔法とかで…?」
「いいや、ドラゴンをとっ捕まえたヴィッタっつー男が運んだ」
「…魔法で…?」
「あぁ、あいつの魔法はあんま他言すんなって言われてるから言わねぇけどな」
そう言いながら、ゼアスさんは階段の中へと入っていく。
それに、私も続いた。
暗くて、狭くて…そして、少し湿っぽい…。
階段はらせん状に続いていて、下は暗くてなにも見えない。
まるで、地獄の底にまで続いてるみたい…。
「わっ!」
「ひゃあっ!?」
突然のゼアスさんの大声に、私は文字通り飛び上がった。
驚いて、心臓がバクバクと音を立てている。
「な…何…!?」
「いや? この雰囲気、なんか出そうな感じするからよ」
「いや? じゃない! どうしてそれで大声出すのよ…!」
「そりゃあお前を脅かしてやるために決まってんだろ」
「決まってない!」
「許せ、お茶目なジョークだ」
「…どの口がお茶目とか言ってるのよ…だいの大人の、しかも男のくせして…」
私は収まらない心臓の音をなだめようと胸に手を当てながら、ゼアスさんを睨む。
何を考えてるんだか…全然わかんないわ…この人…。
「よし、突っ込みのキレが戻ってきやがったな」
「…へ…?」
「その調子でドラゴンから色々聞き出せ」
「……うん」
私が小さく頷くと、ゼアスさんは満足したように頷いた。
もしかして、私の気を紛らわせようとしてくれたのかしら…。
それにしたって、紛らわせ方が雑だわ…。
随分と長い階段を、私たちはやっとのことで下りきると、ゼアスさんは階段のすぐ側にある古びた木でできた扉の取っ手に手を掛けた。
そしてゼアスさんが扉を開ける直前、私の耳に、ドラゴンの小さな声が届いた。
『エリシアお嬢様を早く見つけ出してお連れしなくては…』
と。
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