恋バナ
その日の夜更け頃、私とエマさん、そしてエリンさんは、結界維持装置のそばに一つ大きめの天幕を張ってその中でみんなで寝転がっていた。
「あの…ほかの結界維持装置の方は守らなくて大丈夫なんですか?」
「えぇ、もし他の結界維持装置が攻撃されたら、そこにある結界維持装置の青い光が赤く変わるの。そうなったらすぐに、エリンに行ってもらうから」
「はいです!」
エマさんの言葉に、楽しそうに敬礼をして見せるエリンさんの前髪は、朝と会ったときと同じように前に垂らされていて、目が全く見えなくなっている。
…あんなに綺麗だったのに…隠しちゃうなんて、勿体無いな…。
私はそう思いながら、気づいたらエリンさんの前髪を右手で退かしていた。
「なっ…なな…何するです!?」
「ごっごめんなさい…! 昼間見たエリンさんの目がとっても綺麗だったから…」
「やっぱりそう思うわよね! なのにエリンったら、前髪がないと落ち着かないっていうのよ?」
「き…綺麗…です!? そんなあたいには勿体無いお言葉です! こっ…これがあると安心するですよ…。ただ、戦闘時は目に入るですから…」
エリンさんは驚いたように飛び退くと、手で前髪をおさえて、また目を隠してしまった。
「そう…なんですか…せっかく綺麗なのに…」
「あたいより、エマさんやシルヴィちゃんの方が美人さんです!」
「あら、ありがとうエリン」
満更でもない様子で、エマさんがにっこりと笑う。
一方で、私は反応に困っていた。
美人だなんて、今まで言われたこともなかった。
…ちょっとだけ…嬉しかったりもする。
「あら、シルヴィ。エリンに美人って言われただけで随分嬉しそうね? こういうのは男に言われてなんぼってものよ」
「え…いや、そんなこと言われたことなかったので…」
「えぇ!? そんなに綺麗な顔してるのにです? きっとジルくんとかも綺麗だって思ってると思うです」
…!?
「なっ…なんでジルが出てくるんですか!」
「一番長く一緒に旅してるって聞いたからですけど…」
「なぁに? もしかしてシルヴィ、ジルのことが好きだったりするの?」
「…す…好き?」
「そう! 異性として、どうなの?」
「こっ…こいばなってやつですね!?」
…異性って…そもそも、ジルが人間じゃないことを皆知らないんだっけ…。
ドラゴンのジルのことを異性として好きかどうか聞かれても…。
確かに…人間の姿の時のジルは素敵だと思ったことはあるけど、そういう気持ちじゃない気がする。
「あの…私はジルのことが好きだけど…エマさんが言うような好きじゃないと思います…」
「えぇ? つまんないわねー…」
「す…すみません…」
「じゃあ、エリンはどうなの?」
「あ…あたいです!? あたいにはそんな相手は…!」
よかった…私から的がずれたみたい…。
そもそも、恋愛なんて私はしたこともないんだから、色々と聞かれたって答えられるはずもない…。
「でもほら、よくレインのこと素敵とか、かっこいいとかって言ってるじゃない?」
「確かにレインさんは素敵ですが…あたいはあくまで憧れてるだけなんですよ!」
「ふーん…? あのレインが他人から憧れられるようになったか…。ねぇ、シルヴィはレインの事どう思う?」
「えっ…? 面倒見がよくて、仕事もできそうな落ち着いた人って感じですかね…」
私のその言葉を聞いて、エマさんはにやーっと笑う。
「あの子ってね、昔は泣き虫で甘えん坊で大変だったのよ。いっつもゼアスの後をくっついて行っていて離れなかったの」
「そんなレインさん見てみたかったです!」
「はい…私も。今からじゃ想像出来ないですね」
「でしょう。しかも、ゼアスはゼアスで変に面倒見が良くってね。嫌な顔一つせずにどこへでも弟を連れて行ってたのよ。今じゃゼアスがいい加減になって、レインがしっかりしちゃったから真逆なんだけどね」
…確かに、言われてみればゼアスさんは面倒見が良いのかも…。
初めて会った時も、ぶっきらぼうではあったけど、私に魔法の扱い方について助言してくれたし…。
この間ジルが前世の話をする時だって、さり気なく手助けをしてた。
ただ…レインさんに対しての態度とかは酷いものに見えるけど…。
「でも、ゼアスさんは今も面倒見がいいと思うですよ? この間久しぶりに会ってド緊張して逃げたあたいに後から挨拶しに来てくれたですし」
「はい、私やエリシアやジルみたいな新米にも、ちょっとぶっきらぼうな所はありますけど、色々と教えてくれます」
エリンさんの言葉に続いて私もそう言うと、エマさんは納得いかないというように口をへの字に曲げた。
「なによあいつ、あたしにはもうすぐ三十路だなーとかしか言わないくせに!」
「ま…まぁ、姉さんとゼアスさんは幼なじみで仲もいいですから色々言う必要も無いって思ったんじゃないです…?」
「にしても対応が悪いわ! 私と三歳しか変わんないくせにおばさん扱いなんて! もう、腹立ってきた!」
そんなエマさんを前に、エリンさんと私は顔を見合わせた。
といっても、エリンさんの目は私には見えなかったけれど。
「し…シルヴィちゃん、すみませんです…姉さんたまにこんな感じでカッとなっちゃってですね…」
「い…いえ。あの…もしかしてエマさんってゼアスさんのこと…」
小声で言ってくるエリンさんに、私も小さな声で返す。
その言葉を返した途端、私の目の前にエマさんの人差し指がつき当てられる。
「えっ…!?」
「昔のことよ!」
「む…昔…ですか?」
「今のゼアスには微塵も魅力が感じられないわよ!」
「は…はぁ…」
「そんなこと言って、本当はまだ想ってるですよね…あねさ…」
「うるさいわよ、エリン!」
「はっはい、すみませんです!」
そんなエマさんを前に、もう一度エリンさんと私は顔を見合わせる。
…エマさんには今後、この手の話はふらない方が良さそうね…。
ぷんぷんと怒り出してしまったエマさんを目の前に、私とエリンさんは苦笑いした。
…もう、ゼアスさんがいい加減なばっかりに…。
今日初めてちゃんと話をした私がすぐにわかったんだから、ゼアスさんも気づいてもいいと思うんだけど…。
エマさんの様子をみるに、ゼアスさんは全くエマさんの気持ちに気づかないみたい…。
まぁそれが、本当に気づかないド天然なのか、気付かないふりをしてるだけなのかは置いといて、だけど…。
そんな若干よろしくない雰囲気になってしまった天幕の中に、柔らかに差し込んでいた青色の光が、急に赤色に変わった。
「…! 姉さん!」
「エリン! 先に行って、二番よ!」
「はいです!」
エリンさんは素早く前髪をあげてピンで止めると、天幕からバッと飛び出していく。
そんなエリンさんの後を追うように出ていくエマさんを、私は慌てて追いかけた。
「よーしっ! 仕事するわよ、シルヴィ!」
「はい!」
エマさんに続いて森の中を走り抜けている途中、エマさんは不敵な笑みを浮かべながら呟くように言う。
「あたしの機嫌が最高に悪い時に来ちゃったこと…後悔させてやるわ…」
「……」
これは…襲撃を仕掛けてきたドラゴンは酷い目にあいそうだ…。
なんとなく、このタイミングで襲撃があったのは私とエリンさんにとっては良かったことのように思えてしまう。
前方には、エリンさんの姿はもうとっくに見えない。
「急ぐわよ!」
そんなエマさんの声に頷いて、私たちは速度を上げる。
…ここにジルがいたら、もう脱落してるだろうな…。
いつもの事ながら、ジルは人間の姿になると本当に体力がないから…。
…でも、そんなジルも、それからエリシアもきっと今頑張ってる。
…私も、頑張るからね…!
この時ジルがくしゃみをして、誰かが僕の噂してる…?と呟いたことを、私は知るよしもなかった。
最後まで読んでくださりありがとうございます!
よければブックマークなど、よろしくお願い致します!




