ドラゴンと人間と
僕は、目の前の光景に、驚いて声をあげた。
「…エリシア…!?」
……いや…違う、あのドラゴンは、エリシアと同じファイアドラゴンだけどメスではないし、エリシアじゃない…。
じゃあ…あれは誰だ…?
結界維持装置を壊すためにやってきた、ドラゴン…?
力なく横たわるファイアドラゴンの顔を片足で踏みつけながら、レニアはそのドラゴンを冷たい赤紫色の瞳で見下ろしている。
「やめて…!!」
そんなエリシアの声が、近くの茂みの方から聞こえた。
エリシアは茂みから出てきたかと思うと、レ二アを突き飛ばした。
「…ちっ……」
バランスを崩したレ二アは、後ろに飛びのくと、エリシアを睨みつけた。
「…僕の…邪魔をするなって言ったはずだ」
そう言ったレ二アは、右手に持っていた拳銃をエリシアに向けた。
「だめ…! このドラゴンは、殺しちゃダメなの…! このドラゴンは…テスは、エリシアの大切な…!」
『え…エリシア…お嬢様…?』
エリシアが必死で庇おうとしている赤いドラゴンが、力を振り絞って頭をもたげ、そして発した言葉に僕は驚いた。
エリシア…お嬢様…?
『申し訳…ありません……あなたのお父君を、私は説得できず…人間を…襲撃するなどと…』
…どういうことなんだ…?
こんな風に、人間を襲うように仕向けたのは、エリシアの父…ということ…?
エリシアの親は、そんなに権力のあるドラゴンなのか…?
「…エリシア…そのドラゴンは…?」
僕がそうエリシアのほうに一歩を踏み出した瞬間、僕のすぐ横から、パンッパンッ!という発砲音がした。
「え…?」
そちらの方に目を向ければ、レ二アが冷酷そのものといったような目をまっすぐに倒れているドラゴンに向けていた。
いくら鱗が固いドラゴンであっても、口の中に銃弾を撃ち込まれたのでは、無傷というわけにはいかない。
赤いドラゴンは、悲鳴をあげながらのたうち回った。
「テス…!!」
エリシアがそのドラゴンへと駆け寄ろうとしたところに、すごい速さでレ二アが割り込んだ。
そして、エリシアの腹部を蹴りつける。
「う…」
「安心しろ。すぐに楽にしてやる…裏切者」
そう言いながら、レ二アは拳銃を倒れこんだエリシアに向けた。
「ダメだ…! レ二ア…殺しちゃ…!!」
レ二アが今、あんな至近距離から引き金を引いたら、エリシアがドラゴンの姿に戻る前に…!
僕は駆け出す。
何が何だかわからないまま、とにかく、大切な仲間の、エリシアを守るために。
だが、僕がエリシアのもとへ行く前に、赤いドラゴンが力を振り絞って体を持ち上げた。
そして、前足をレ二アに叩きつけた。
竜の爪で引き裂かれ、レ二アの背中から血しぶきが舞う。
けれど、レ二アはそれを待っていたかのように笑った。
まるで…なんの痛みも感じていないかのように…。
レ二アの血しぶきはドラゴンの体に掛かり、そのドラゴンはもう一度大きな悲鳴を上げた。
「血液だって水分だ…お前の苦手なものだろう…」
そう言いながら、レ二アは振り返ると、血液がかかり黒く変色しているドラゴンの鱗の部分に銃弾を何発も撃ち込んだ。
すると、ドラゴンは力なくその場に崩れ落ち、もう動くことはなくなった。
「…テス…?」
腹を押さえながら目を見開き、起き上がろうとするエリシアを、僕は支えた。
どうしたらいい…?
こんな状況で、僕は何を…。
考えても、最善なんて僕にはわからなかった。
どうして急に、こんなことになってしまったのか…。
そんな僕とエリシアに、レ二アはおぼつかない足取りで近付いてきた。
「…退け…ジル……裏切者は…マスターの邪魔をするものは、殺す…」
「…退かない」
僕はそう言いながら、エリシアを放して、レ二アの方へと一歩を踏み出した。
「なんだ…お前も、僕の…邪魔をする…つもりか?」
レ二アが一歩を踏み出すたびに、地面が赤く染まっていく。
…このままじゃ…。
「…違う」
「違うなら…そこを退け。僕は…そいつを殺す…」
レニアは、僕を押しのけると、エリシアに銃口を向けた。
「…テス…ねぇ、目を開けてよ…いつもみたいに、冗談ですって言うんでしょ? ねぇ、テス…!」
「そのドラゴンは死んだ。僕が、殺した。次はお前だ、エリシア=ストレイン……マスターへの裏切りは、許さない…!」
レニアが引き金を引こうとした寸前、エリシアの体が眩い光に包まれた。
そして次の瞬間、レニアと僕の目の前に現れたのは、大きな赤いドラゴンだった。
ドラゴンの姿となったエリシアは、地面に前足を叩きつけた。
「っ…!?」
あれが、僕と同じなら…!
僕はレニアを抱き抱えて、エリシアの横へと飛び退いた。
次の瞬間、エリシアの目の前の大地が大きく燃え上がった。
…か…火事になっちゃうよ、これっ…!!
山火事になんかなったら、結界維持装置どころじゃないじゃないか…!
そう思う僕の視線の先で、ドラゴンの姿になったエリシアは、自分で放った炎に包まれて、その場に座り込んだ。
その赤いドラゴンの眼差しは、息絶えたドラゴンへと向けられていた。
「下ろせ! 僕は一人で戦える…! マスターに……仇なす者は…排除する…必ずだ…!」
僕を突き飛ばして飛び降りたレニアの背中からは、未だにどくどくと血が流れ出ている。
レ二アは、そのまま傷の応急措置もせずに、エリシアに向かっていく。
…レ二アの、異常なまでのマスターへの忠誠心は一体何なんだ…。
レ二アが拳銃をエリシアに向けると、エリシアは首をもたげてレ二アの方を見る。
そして、レ二アの右手の人差し指が引き金を引く直前、エリシアの尻尾がレ二アの手から拳銃を弾き飛ばした。
拳銃を弾き飛ばされても、レ二アは焦ることはなかった。
素早く左手を自身の太ももへと伸ばすと、もう1丁の拳銃を取り出し、エリシアの目を狙って一発撃った。
その弾をエリシアは尻尾で防ぐと立ち上がり、レ二アを睨みつける。
睨みあうふたりを見て、僕の頭の中に、ある言葉が浮かんだ。
「…ドラゴン…人間…止めろ…」
あの女の人の言葉…あれはもしかして、こういうことなのか…?
人間と、ドラゴンとの、争いを止めろ…ということ…?
もしかしたら、今のエリシアとレ二アの事だけじゃなくて、結界維持装置を壊そうとするドラゴンと、それを阻止しようとしている人間にも…当てはまるのかもしれない…。
とりあえず、それをのんびりと考えてる時間は、今の僕にはない。
…言われなくても…止めるよ…。
きっと、エリシアはレ二アと戦うつもりはない。
なら…僕がすることは…。
僕はレ二アに近づいていくと、レ二アの左腕を掴んだ。
「レ二ア…! そのままじゃ、本当に死んじゃうよ!」
「僕は死なない…! お前の…ような…ひ弱と一緒にするな…!」
肩で息をしながら、レニアはそう僕に言う。
その言葉に、子供特有の頑固さに、僕は久しぶりにカチンときた。
「死ぬよ! 人間は簡単に死ぬんだ! 僕なんかゴミ箱が頭に当たっただけで死んだんだから!!」
「…は…?」
「僕は、無様で、間抜けで、誰もが呆れ返るような死に方をした…。人間は、なんの前触れもなく、呆気なく死ぬものなんだ…だから、ちゃんと自分の命を大切に思わなきゃダメだ…」
「…何言ってる…お前は…まるで、自分が一度死んだかのような口ぶりで……」
そう、僕は、ナメクジ野郎はゴミ箱によって死んだ。
そして、ドラゴンに生まれ変わった。
人間の時の記憶を持ったままで。
これがどうしてなのか、僕にはわからない。
「…大体…ゴミ箱が当たっただけで…死ぬなんて…」
「ゴミ箱は…なめちゃだめだ…」
「…何の話だ」
「ゴミが大量に入った木で出来たゴミ箱の角ほどの凶器は無いんと思うんだ…」
「だから、何の話だ! とにかく、その手を離せ…僕は…」
そこまで言ったレニアの姿が、一瞬で僕の目の前から消えた。
僕が掴んでいたはずの、レ二アの手もどこにもない。
「…え…?」
驚いて僕が上げた声の後に、聞いたことのない誰かの声が辺りに響く。
「また派手にやったね、レ二ア」
そんな声が後ろから聞こえて、僕は驚いて振り返った。
しかし、そこには誰の姿もない。
「初めまして。私はヴィッタ=カトランガ。ギルドの冒険者の一人だよ。ひとまず、この大怪我をしたお馬鹿さんは一度渡してもらうよ」
そんな声の主の姿を確かめるようとあたりを見回すが、やっぱり誰もいない。
それっきり、その声も聞こえなくなって、森に静寂が訪れる。
そしてその場にはエリシアと僕、そして赤いドラゴンの死体だけが取り残された。
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