マスターの犬
僕とエリシア、そしてレ二アという少年は、マスターに転送してもらい、朝早くからリージェン大陸の海沿いにあるギルド支部に立っていた。
早朝だというのに、ギルド支部の中は多くの冒険者で賑わっていた。
「…」
朝、顔を合わせたときから、レ二アは全く喋ってくれなかった。
なにを考えているのかもよくわからない、大人びた少年と一緒に仕事ができるのかって、不安になるぐらいだ。
「ねぇねぇ、レ二ア…」
そんな少年に、エリシアは相変わらずの怖いもの知らずさで話しかけてるけど…。
そんなエリシアにレ二アは冷たい視線を向けた。
その眼差しの冷たさに、エリシアは一瞬だけひるんだ。
「あ…えっと…レ二ア、様…?」
「…気色悪い呼び方をするな。レ二アでいい」
「うん! ねぇレ二ア、結界の維持装置って、大陸に何個あるの?」
エリシアは、別にどんな視線を向けられても気にしていないようで、そんな風にレ二アに話しかけている。
…僕には到底無理だ。
レ二アはエリシアの問いかけに言葉では答えずに、エリシアに地図を投げ渡した。
その地図には、赤い丸が四か所書き込まれていて、そこに結界維持装置があることがわかる。
「へぇー、でも、エリシアたち三人しかいないんだよ? どうやって四か所も守るの?」
エリシアは、なおもレ二アに話しかけている。
見たところ、レ二アは口を開く気はなさそうなんだけど…。
無言で、無表情でギルド支部の中を歩いていくレ二アと、その横ににこにこしながらくっついていくエリシア。
その後ろを、僕はゆっくりとついて行っていた。
レ二アが通っていく道を譲るかのように、前方に居る冒険者たちははけていく。
左右に冒険者たちの列のようなものができ、皆がレ二アのことを見ているみたいだ。
やっぱり、S級の冒険者は有名なんだろうか。
だけど…尊敬の目を向けてる人よりも…なんだか、物珍しそうな視線を向けてる人の方が多い気がする。
そんな風に思った時、横からひそひそと話す声が聞こえてきた。
「…レ二ア=マグナだ…。マスターの犬…」
「なんであんなチビがS級の、しかもNo.2なんだ…?」
「どうせ汚い手を使ったんだ。うわさじゃ昔はお坊ちゃんだったらしいじゃねぇか」
「金でも積んで、マスターに気に入られたのか…」
…レ二アはきっと、相当強い。
そこらの冒険者とは、比べ物にならないぐらい…。
それは、ゼアスさんに向かって発砲したときに見た銃の扱いの上手さを見れば、僕にでも何となくわかった。
見た目がこんなに小さいから、あんまり認められてないってことなのかな…。
そんなの、可哀そうだ…。
そう思いながら、僕がレ二アの後ろ姿を見た時だった。
レ二アは、ぴたりと歩みを止める。
ま…まさか、今のが聞こえてた…?
気が短そうだし、こんなところで怒って発砲でもしたら…!
「れ…レ二ア…! 行こう…!」
僕はとっさに一歩を踏み出し、レ二アの細い手首を掴んだ。
「おい…! 何をする…!」
抵抗するレ二アを、そのまま引っ張って、無理やりギルド支部の建物から外に出した。
外に出ると、後ろから驚いたような顔をしたエリシアが走ってくるのが見えた。
「ジル…!? どうしたの?」
「あ…いや、その…」
「離せ!」
口ごもった僕の手を、レ二アは怒ったように振り払った。
「一体何なんだ…!」
「いや…だってさっき、ギルド支部に居た冒険者を撃とうと思って立ち止まったんでしょ…? そんなことしちゃだめだよ…!」
「…は?」
「へ…?」
「僕は掲示板の依頼を見て立ち止まっただけだ。何故僕が他の冒険者を撃ち殺さなきゃならないんだ」
「…え…?」
まさか…聞こえてなかった…?
僕の、完全なる早とちりだったってわけか…。
それなら、良かった…。
あんな風に言われてるってわかったら、流石にこの子でもまだ幼いんだし傷つくよね…。
「…もしかして、マスターの犬だとか言われただけで、僕が怒るとでも思ったのか?」
「え…き…聞こえてたの…!?」
「バカにするな。S級の冒険者の名を汚すようなことはしないし、やるなら証拠は残さない」
「それもダメでしょ…!?」
「とにかく…! 今回の任務は僕だけで十分だ。お前たち、余計なことをして、僕の邪魔をしたら許さないからな」
レ二アはそう言いながら、僕たちに背を向けて歩き出した。
「…ジル、完全に嫌われちゃったみたいだけど…どうしよう? これじゃ協力どころじゃないよ?」
「ご…ごめん…。でも、僕たち、人間の姿じゃそんなに戦力になれないし…」
「そうなんだけど、ゼアスおじさんも言ってたじゃん。レ二アは、マスターに危害を及ぼすものにしか本気で攻撃はしないって。もしエリシアたちがドラゴンだって知っても、任務をちゃんとやるってわかればきっと大丈夫だよ!」
「…そうかな…」
…しょっぱなから、おかしな勘違いをしてレ二アの機嫌を悪くして、エリシアを困らせるなんて…。
これが、前世で全く人と関わってこなかった代償か…。
この先が不安で仕方ないよ…。
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一つの海の側にある結界維持装置の側でドラゴンの襲撃に備えること二日…。
ここを襲ってくるだろうというのは、レ二アが立てた予測だった。
僕は夕飯にと作った料理を、少し離れたところに座って顔を自分の膝に埋めているレニアに渡そうと近づいて行った。
「あの…レニア」
「…」
レニアは、なにも返事をせずに視線だけ僕に向けた。
そんなレニアに、器によそった料理を差し出した。
「もう、二日ぐらい…ほとんど何も食べてないでしょ?」
「いらない」
「…でも…! このままじゃ倒れちゃうよ」
「余計なお世話だ」
「…っ! 食べないと、背も大きくならないよ…?」
「うるさい」
「なんで何も食べないの…?」
「…食べて体が重くなれば、動きが鈍るからだ。もういいだろう、僕の邪魔をするな」
僕の器を持った方の手を押しのけて、レニアは歩いて何処かに行ってしまった。
…どうしてレニアがあんな風な性格になって、他人を頼ろうとしないのか…。
僕にはよくわからなかったけど…。
不思議となんと言われても、レニアのことを嫌いにはなれなかった。
「ジル、またレニアは食べてくれなかったの?」
「うん…こんな時、ゼアスさんなら何とかできたのかな…?」
「…? なんでゼアスおじさんなの?」
「…なんとなく、ゼアスさんは…何でもできるような気がするから…。人の気持ちを読むのが上手いっていうか…」
「うーん…まぁ、ゼアスおじさんが凄いのはわかるんだけど、今はここに居ないんだしさ! それ貸してよ! 今度はエリシアが行ってくるから!」
エリシアは僕の手から料理を受け取ると、
「エリシアに任せて!」
と楽しそうに言いながら走っていってしまった。
何だかんだで、二日も一緒に居るのに全然打ち解けられない…。
ナメクジ野郎が人間と馴れ合おうとすること自体が間違ってるのかな…。
確かに、エリシアとゼアスさんとシルヴィとは、皆のお情で一緒にいられてるようなものだし…。
……あぁもう…僕は本当にダメな奴だ…。
僕は、自分の膝を抱きしめながら、エリシアとレニアが戻ってくるのを待っていた。
そんな時だった、ふたりが歩いていった方から、パンッパンッ!という連続した発砲音が鳴り響いたのだ。
…!?
なに…!?
ま…まさか…レニアがエリシアを…!?
僕は立ち上がり、音のした方に駆け出した。
全速力で、僕は人間の姿で走っていく。
人間の姿の僕の走る速度なんて、高が知れているけど、ここでドラゴンの姿になって飛び出していき、レニアを刺激するわけにはいかない…!
走って、走って、レニアの姿を見つけたのは、海の側の結界維持装置のすぐ側だった。
結界維持装置は、すぐ下に海がある、崖の上に設置されていた。
そんな結界維持装置の横にレニアが片手に拳銃を持った状態で立っている。
そしてその目の前には、真っ赤な大きなドラゴンが倒れていた。
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