ヘタレドラゴン、前世を語る
ギルド本部からほど近い宿屋の一室に、四人は集まっていた。
眠そうな目をしているエリシアに、ベッドに大の字に寝転がっているゼアスさん。
ベッドの端に座り、じっと僕を見つめるシルヴィに、これでもかというぐらいガッチガチに緊張している僕だ。
…何から話し始めればいいんだろう。
座っていても、生まれたての子鹿みたいに足が震える。
「…ジル、落ち着いて?」
「ふぁっ…ふぁい!」
「ふぁいじゃねぇよ阿呆」
「……」
「…エリシアは寝るんじゃねぇ」
ゼアスさんの手が、軽くエリシアをはたく。
むしろ、全員寝ててくれた方が僕としては話しやすいんだけど…。
あぁ、それじゃ話す意味が無いか…。
ぐるぐると頭の中で色んなことを考えながら何も言えない僕をゼアスさんは一瞥すると、溜息をつきながら起き上がった。
「おい、ジル。お前は故郷って言ってた村の生まれじゃないのか?」
「…? いや、あそこの生まれだよ…?」
「にしちゃあ、お前のその白髪、変わってるみてぇじゃねぇか。俺がほかの大陸まで避難させた村人は皆黒髪だったぜ」
「…! そう…それなんだ…」
ゼアスさんがそう質問してくれたことで、僕は話し出しやすくなった。
意図的にフォローしてくれたのか、純粋な質問だったのかはわからないけど、助かった…。
「まず…僕は呪われた子だって、言われてたんだ…この、白い髪のせいで」
僕はそう言いながら自分の髪を引っ張った。
何度ドブの色で、土の色で染まったかわからない髪だけど、そんな汚れも洗い流せばまたこの白色に戻る。
「僕の故郷の村には、黒髪の人間しか住んでいなかったんだ。随分昔から、ずっと…。でも、ある時を境に、突然変異かのように、黒髪の夫婦から、白髪の子供が生まれるようになった…」
「ある時…?」
首を傾げるシルヴィに、僕は視線を向けた。
「これから話すのは、単なる言い伝えで、僕もそんなによく知らないんだけど…。昔、僕が住んでいた村は、真っ白いドラゴンから襲撃を受けて、壊滅状態になったらしい。そのドラゴンを鎮めるために、村はずれに白い立派な教会を建てたんだけど…その頃から、時々白髪の子が生まれるようになったんだって」
「そんな教会、村にあったっけ?」
そう聞いてくるエリシアに、僕は頷いた。
「この前訪れた時には、もう灰になっちゃってたんだけど…前世で僕が生きてる時もあったよ」
「そうなんだ…それでそれで?」
「…それで…僕も、その突然変異の一人なんだ。両親は、二人共黒髪で、だけど僕は白髪だった。そして…その白髪の子供は、誰も、例外なく、魔力が微塵もなくて、身体能力も並以下なんだ。だから、村の人たちは白髪の子を、呪われた子って呼んでた。村を襲ったドラゴンが呪いをかけたんだって」
前世の僕は、本当に何も出来なかった。
魔法も使えない、走るのも遅い、鈍臭い、パッとしない…。
だから、ついたあだ名がナメクジ野郎だった。
「ドラゴンに、呪いなんてかける能力は無いと思うんだけど…」
確かに、シルヴィの言葉通りだ。
僕は今ドラゴンになってるわけだけど、呪いなんかかけられない。
それは、エリシアも同じみたいだし…。
「でも…村の人にとっては、いいストレスのはけ口だったみたいで…」
「そんで、ゴミ箱を投げつけられて死んだと」
「…うん」
「ひでぇ人生だったな」
「まぁ…それはいいんだ。ゴミ箱が頭に当たって死ぬなんて、僕にぴったりな無様でパッとしない死に方だから。問題は、その白髪の子供にまつわる言い伝えで…白髪の子供は、周りの人間の生命力を吸い取るって、言われてたんだ」
僕の言葉に、ほかの三人は驚いたように顔を上げた。
「…何それ。確証があってそんなこと言っていたの?」
「さぁ…。なにせ、僕は百年以上ぶりの白髪の子供だったらしいから、よくわからないけど…白髪の子供がいる時、村の人々の平均寿命が著しく短くなってるっていう記録が残ってるらしいんだ…それは、村の長老が保管してて、見せてはもらえなかったけど…」
「そんなはっきりとしない事の、何が問題なの?」
シルヴィが首を傾げてそう聞いてくる。
そんなシルヴィを一瞥して、僕は口を開いた。
開いた、唇が震える。
これを言ったら…皆は…いったい、どうするんだろう。
「……僕は、実際に…母さんの生命力を……吸い取ってたみたいなんだ…」
「…どういうことだそりゃあ?」
「母さんは、病にかかって死んだ…」
「…それと、白髪の子供の言い伝えと、何か関係があるの?」
「…うん……あるんだ。母さんがかかったのは、死ぬはずもない、軽い病だった。薬を飲めば、すぐにでも良くなるような…。だけど…僕が薬を手に入れて、母さんにあげても、母さんの体が良くなることは無かった。むしろ、どんどん衰弱していって、母さんは…死んじゃったんだ…」
『呪われた子だ!!』
『お前のせいで、お前の母ちゃんは死んだんだろ!』
『やーい、人殺し!』
『謝れよ! 生まれてきてごめんなさいって!』
僕の頭の中に、そんな言葉が浮かんで消えた。
毎日のように言われていたそんな言葉…。
僕をからかう、同年代の子供の声。
母さんが死んでから、村の老人達は僕に恐怖し、僕に近づかなくなった。
一方で村の若者達は、年長者から咎められることもなく虐めることができる人物ができたのが嬉しかったのか、やる事が過激になった。
罵られるのはいつものこと。
そんなの、いくら聞いたってそんなに傷つかなくなった。
田んぼに突き落とされたり、ゴミをかけられたり、時にはドブに頭のてっぺんまで沈められたこともある。
一番嫌だったのは、服の破れることをされることだったな。
繕うのとか、洗濯するのとかが手間がかかったから。
田んぼを耕すのに使う鍬を振りかざして服に引っ掛けてきたり、僕の服の襟の部分を高い木の枝に引っ掛けて僕ごと吊るして枝が折れるのが先か、服が切れるのが先か賭けて遊んでたり…。
…そういえば、高い木の上から何度落ちても何処かを擦りむくぐらいで大丈夫だったのに、ゴミ箱が当たると死ぬなんて…思い返すと、ますます謎だ…。
「母さんだけじゃない…僕にずっと付きまとってきてた同年代の男の子は、何故だかどんどん体が弱くなっていったんだ…。それこそ…」
僕はベッドと床を指してから、言葉を続けた。
「このぐらいの段差で、足の骨が折れるぐらいに…。折れた瞬間を見たのは僕しかいなくて、そんな小さな段差を降りただけで骨が折れたなんて、誰も信じなかったけど…」
名前は知らないけど、毎日のように僕にちょっかいを出してきてた男の子だった。
…僕のそばに近寄る人には、不幸が訪れた。
呪われた子…それは、本当のことなのかもしれない。
「…呪いのこと、母さんのこと、忘れてたわけじゃないんだ…。ただ、生まれ変わったならもう大丈夫だって…そう思ってた。だけど、もしかしたら今こうしてる間にも、皆から命を吸い取ってしまってるのかもしれない…だから、僕は…」
「下らねぇな」
「…え?」
ゼアスさんの一声で、僕は下げていた目線を恐る恐る上げてみる。
すると、僕の目に、つまらなさそうに足を組んだゼアスさんの姿が映る。
「なんかもっとこう…目に見えてお前のそばにいた奴が干からびた、とかそーいう感じかと思ったら…」
「ひっ…干からびる…!? そんな心霊話みたいなこと、あるはずないよ!」
「うん、不可解なことも少しはあるにしても、別にジルがどうこうしたって確証があるわけじゃないものね。その程度だったら、私はあなたがもし前みたいに逃げても、追いかけることは辞めてあげられないわ」
「 エリシアの命は、ジルに助けてもらったんだしね。ジルにもし吸い取られてるんだとしても、別にいっかな!」
…皆……。
随分とあっさりしてる…。
というか、あっさりし過ぎなような…。
ここまで話すのが怖くて、悩んでた僕がバカみたいじゃないか…。
エリシアに限っては、吸い取られてもいいとかって言っちゃってるし…。
「ジル、私たちに言ったわよね。一緒にいるかどうかは、私たちが判断して欲しいって。それなら、答えはもう出たわね」
シルヴィが、僕にそう言いながら笑いかけた。
「あぁ、つまんねぇ噂話なんか気にしてるなんざ馬鹿らしい」
「うん!」
「…なんで…皆…パーティメンバーなんて、僕じゃなくてもいいのに…」
「それでも、ジルがいいから皆あなたの事を追いかけてたんだから」
そう言ってシルヴィは笑う。
その首には、僕があげた貝殻に紐を通したものが大切そうにかけられていた。
…僕が…いい……だなんて、皆本当に変わってる…。
だけど…こんな変わってる皆と、出会えてよかったって思う…。
僕は僕のことがわからない。
前世のことも、現在に至っても。
それも、この変わった仲間と旅してたら分かるのかな…。
「おい、泣き虫。何泣いてやがる」
「ちょっとジル…またなの…?」
「泣かないでー」
僕に優しく声を掛けてくれるみんなの困ったような笑顔がぼやけていった。
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