S級冒険者たち
真っ白な空間の中、僕はまた一人で突っ立っていた。
…また、この夢…?
「思い出せ、使命を」
いつもの可愛らしい声が、そう言葉を紡ぐ。
この前の夢に出てきた女の人の姿はない。
「…君は、誰なの…? 僕の使命って、何なの…?」
そう問いかけても、当然のように答えは返ってこない。
…この夢は、意味が分からないけど、ただの夢じゃない…。
三度も連続でこんな夢を見せられては、そう思うしかなくなってしまう。
何が何だかわからない僕の目の前に、また前回と同じように輝く光の塊が舞ってきた。
…これは…。
また、この前の女の人が出てくるんだろうか。
だけど、そんな僕の予想に反して、出てきたのは僕だった。
言葉の意味は全くそのままで、真っ白な髪を持つ人間の姿の僕が、僕の目の前に目を瞑った状態で横になりふわふわと浮かんでいる。
…なに…これ…?
これは、僕…だよね、どう見ても。
こんな陰気くさい顔をしているのは僕しかいない。
でも、なんで僕の姿がこんな風に浮いて、僕の目の前に現れるんだろう…。
僕は、今ここに立っているのに。
「止めろ」
前よりもずっと、声がはっきりと聞こえるようになった声。
だけど、主語が抜けていて、何のことかわからない。
「ドラゴン」
…ドラゴン…?
確かに僕はドラゴンだ。
今は人間の姿になっているけど、生まれ変わった僕はドラゴンのはずだ。
「人間」
…人間…。
それは、前世の僕だ。
僕が、特に何の意味もなく生きていた18年間。
その18年、僕は人間だった。
「止めろ」
声は、それ以上を教えてくれなかった。
三つの単語を繰り返すばかり。
…ドラゴン、人間、止めろ…。
「…ドラゴン…人間…止めろ…」
「起きろ!」
「ドラゴン…人間…起きろ…?」
「何をぶつぶつ言っている! いいから起きろ!」
明らかに、夢の中の声とは違う、少年の声…。
それで、僕は目を覚ました。
目を開くと、目の前には銀色の髪を持つ少年が一人…?
僕の胸倉を掴んでいる。
「…君は…誰…?」
「ここはどこだ?」
「エリシアは誰?」
僕の少年への問いかけの後、いいタイミングでゼアスさんとエリシアがあたかも記憶喪失かのような台詞を並べて見せた。
…ふたりとも…眠って随分元気になったみたいだ。
こんな冗談を言えるぐらい。
「エリシア、名前言っちゃってるわよ」
「あれっ! 本当だ…!」
先に目を覚ましていたのか、エリシアもゼアスさんもシルヴィも仮眠室のベッドの上に座っていた。
全体的に愉快な雰囲気の中、一人だけ僕の胸倉を掴みながら震えてる少年が一人…。
「ふざけるなよ…」
「まぁ、そんなカリカリすんなよ、レ二ア」
ゼアスさんがそのレ二アという少年に声をかける。
すると、その少年は僕の胸倉から手を放してくれた。
…見た目からすると、まだ12歳ぐらいだろうか…。
随分怒ってたみたいだったけど…案外素直そうないい子なのかも…。
そう僕が思っている最中、少年は右手を長い布地で隠れた自分の太ももに伸ばす。
そして、少年はその布の中に右手を入れると目にもとまらぬ速さでもう一度手を布の中から引き抜き…。
パンッ!
という発砲音が鳴り響く。
布がめくりあがり、見えたのは少年の太ももについていたレッグホルスターだった。
ゼアスさんの顔の真横の壁には、拳銃の球がめり込んでいる。
少年は、小さな右手で拳銃を握り、冷たい赤紫の瞳でゼアスさんのことを睨んでいた。
「…誰に口をきいている」
「相変わらずで何よりだ。だが外してくれるんだな。俺がマスターの息子だから…か?」
「今すぐに当ててやってもいいぞ」
「別に当ててくれて構わねぇぞ。てめぇがいいならな」
ゼアスさんがそう言った瞬間、パンッという音がもう一度響き、ゼアスさんの左腕から、細く一筋の血が流れた。
「手元が狂ったか? お坊ちゃん。これじゃ掠っただけだぞ」
「…ふん。僕はマスターに頼まれてお前たちを起こしに来ただけだ。お望み通り、玉も当ててやった。起きたのなら、とっととベッドから降りろ。それともお前たちは、自力で寝床からも出られない肥え太った豚だとでもいうか?」
……。
圧倒されるぐらの毒舌ぶりだ…。
こんな可愛らしい見た目をした少年だというのに、口をついて出るのは毒ばかりだし、瞳も氷のように冷たい色を放っている。
「はっ…可愛げのねぇ奴だ。すぐに行ってやるさ」
ゼアスさんの言葉を聞くと、少年は踵を返して部屋を出ていく。
その少年の小さな手が華麗に銃を回し、太ももにあるレッグホルスターへと収めた。
「…なんだったの…?」
そう、シルヴィは驚いたように目をぱちくりとさせている。
「…ゼアスさん…い…今のは…?」
「レ二ア=マグナ。S級の冒険者の一人だ」
「えすきゅー? 今の小っちゃい子がそうなの?」
「あぁ。他のS級の冒険者も集まってんだろ。行くぞ」
ゼアスさんはそういうと、ベッドから立ち上がる。
そんなゼアスさんを見てから、僕とシルヴィ、エリシアは顔を見合わせてから、部屋を出ていくゼアスさんを追いかけた。
部屋の外に出ると、扉の側にいたレインさんが振り返った。
「やっと起きましたね…。父上が突き当たりの部屋でお待ちです」
そう、レインさんは僕達に声をかける。
そんなレインさんの後ろから、赤い髪をなびかせながら、ひょこっと女性が顔を出した。
「ひっさしぶり! ゼアス!」
その女性はにっこりと微笑むと、ゼアスさんに手を振った。
「げっ…」
「げって何よ。せーっかくこのエマ様が挨拶してあげたっていうのに」
「何が様だ」
「とりあえず、マスターがお呼びなんでしょ? 早く行ってきなさい。あたしはここでレインと遊んでるから」
「遠慮します」
「もーう、レインったら思春期? 恥ずかしがっちゃって!」
「私はもう20歳です。遊ぶ歳ではないですから」
「じゃあ、エマは25か。そろそろ三十路だな」
「ちょっと、それがレディに言うことなの!?」
「誰がレディだ。虫唾が走る。行くぞお前ら」
「なーによ! ゼアスのばーか!」
矢継ぎ早に繰り広げられる会話に僕が視線をさまよわせているうちに、話は終わってしまったみたいだ。
…随分とゼアスさんとレインさんと親しそうだったけど…。
「ゼアスさん、今の人は…?」
「エマ=グランデ。あいつもS級の冒険者のひとりだ」
「随分仲が良さそうだったわね」
「昔からの腐れ縁だ」
シルヴィの言葉に、ゼアスさんは興味がなさそうに、そして面倒そうにそう言葉を放つ。
そんなゼアスさんのことを見ているエマという女性の瞳が、寂しげに光ったように僕には見えた。
…にしても…ゼアスさんに、さっきのレニアっていう少年に、今のエマっていう女性…。
みんな随分と我が強い。
レインさんは結構控えめな方だけど、怒ると凄いし…。
とりあえず、S級の冒険者は、面倒そうな人が多そうだ…。
そんなふうに考えているうちに、レインさんが言っていた部屋の入口に到着する。
そして、その部屋の扉をゼアスさんが引き開けると、部屋の中から誰かが後ろ向きで倒れてきた。
「…え?」
その人物は廊下の床に尻もちをつき、
「ふぎゃっ!」
と悲鳴をあげた。
桃色の短めな髪を高い位置で結い上げているが、前髪は長く、全く目が見えない。
だが、服装から見ても体つきから見ても女性のようだ。
「…エリン? 何やってんだ」
「ぜ…ぜぜ…ゼアスたん! お…おひっ…お久しぶりですぅぅ!!!」
エリンと呼ばれた女性は、前が見えるのか疑問に思うほど長い前髪をどけること無くゼアスさんの姿を認識したようで、尻もちをついた状態でズルズルと後退した。
…なんか多分、僕も取り乱すとこんな感じなんだろうな…。
いや、それより…。
「…ゼアスたん…?」
「か…噛んでしまったです…! す…すみませんです! あたい、人と話すの苦手なんです!! すっ…すんずれいしますです!!」
すんずれいしますです…?
…何語なんだろう…?
よくわからない言葉を残して、エリンと呼ばれた女性は廊下を走って逃げて行ってしまった。
それにしても…今あの人…すっごい走るのが速かったような…。
「ゼアスおじさん、今のは?」
「おじさんじゃねぇ。今のはエリン=レンディ。言わずもがなだが、あいつもS級冒険者だ」
エリシアの問いかけに、ゼアスさんはうんざりしたように答えた。
むしろ、我が強いレベルじゃない気もするんだけど…。
…こんなS級冒険者の中に放り込まれて、レインさんがどれほど苦労しているのか…。
僕には想像もつかなかった。
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