ヘタレドラゴン、泣きじゃくる
朝日が登り始める頃、一匹の白いドラゴンがすごい勢いで空を横切る。
僕は、元来た道を大回りしながら飛んで戻っていた。
魔物達を先導しているドラゴン三匹に見つかったら、まずい事になりそうな気がした。
僕は身元もハッキリしていないし、ドラゴンの里にも行ったことがない。
エリシアは異端者として人間の住む場所まで降りてきていた、となれば、人里の近くにいるドラゴンは異端者と見られてしまうような気がしたのだ。
…とにかく、あのドラゴンたちにも、魔物達にも見つからず、それで魔物達よりも早く、シルヴィたちを見つけなくちゃ…!
僕はシルヴィたちと別れた森を大回りして通り過ぎ、南側からその森に入った。
恐らく、北側の入口には僕よりも早くドラゴンたちが率いた魔物が到着している。
木々が高く、魔物達の様子は見えないけど…。
どうか…無事でいて…!!
シルヴィと、エリシアと、ゼアスさん。
三人とも、弱いわけじゃない。
むしろ皆強いほうだ。
けど、あの量の魔物に囲まれ、さらにドラゴンにまで襲われたら、ひとたまりもないはずだ。
間に合え…間に合え…!!
とにかく、僕はドラゴンの姿で全力で森の中を走った。
しばらく走り続けていると、前方から派手な破壊音が聞こえた。
…聞いたことがある音…。
これは…ゼアスさんの魔法の音だ…!
何度も僕に向けて打ってきたから、嫌な音だと頭が認識してる。
自分に向かって打たれるのは嫌でも、魔物を退治している時のゼアスさんは頼もしい限りだ。
木の間をすり抜け、茂みを突っ切る。
すると次の瞬間、僕は開けた場所に出た。
目の前には、足下に巨大な魔法陣が光っているゼアスさんの後ろ姿。
そして、大量の魔物の姿があった。
開けた場所の少し奥、木々の間からも魔物の赤い目が除いている。
『ゼアスさ…!』
僕が名前を呼んで飛び出そうとした瞬間、ゼアスさんの足下にある魔法陣の光が強くなる。
「おらぁ!!!」
ゼアスさんは怒号とともに、手を光り輝く魔法陣の中心に叩きつけた。
その瞬間、魔物達の足下と、僕の足下が光りだす。
『…え…?』
その光は輝きを増し、巨大な柱となって魔物達を打ち砕く。
避けられない…!
僕はめいっぱい体を傾かせ、ダメもとで人化をした。
すると光の柱ができるすぐ横の空間に巻き起こった強風で、運よく光の柱の外へとはじき出された。
ゼアスさんを中心に地面が大きく円形にえぐれ、木々は吹き飛び、魔物は消え失せる。
そんな中、僕は木に体を打ち付けられて激痛が走る。
…いてて…随分遠くまで飛ばされちゃったものだ。
っていうか、僕戻ってくる必要あったのかな…。
と思うほど、ゼアスさんの範囲攻撃魔法は強力だった。
この場に居た者は僕とゼアスさん以外全員吹き飛ばされたみたいだ。
運よく弾き飛ばされたからよかったけど、もしも逃げ遅れてたら僕も魔物たちと一緒に逝っていた。
強打した背中を押さえながら、僕はよろよろと立ちあがる。
「そこか!」
「わ…ちょっ…!」
そんな声とともに、魔法の球が飛んでくる。
それを、僕はのけ反って避ける。
すると、バキッという音が自分の背中から聞こえた。
…バキッて…バキッていったよ…!
僕はじじいか!?
…っていうか、こんなことしてる場合じゃない。
今のままじゃゼアスさんは、攻撃の手を緩める気はないみたいだ。
「ぜ…ゼアスさん!」
そう名前を呼ぶと、ゼアスさんの詠唱が止まった。
「…ジルか…?」
「…うん」
僕はゼアスさんの方に歩いていき、姿を見せる。
僕の姿を見た瞬間、ゼアスさんは驚きを隠せない様子だった。
「ゼアスさん、エリシアとシルヴィは?」
「エリシアなら、すぐそばで戦ってくれてるが…シルヴィの行方がわからねぇ」
「なっ…!?」
「今朝起きたら居なくなってた。ここの魔物を片付けたら探しに行くつもりだったが…丁度いいとこに来やがったからな。てめぇが探しに行け、ジル」
「…うん…!」
僕はゼアスさんの言葉を聞いて、駆け出そうとした。
だが、あることを思い出して立ち止まった。
「ゼアスさん! お願いがあるんだ!」
「なんだこんな時に…」
「ドラゴンが、魔物を引き連れてこの大陸の各地を襲ってる! 僕の前世の故郷の村の人たちを転移魔法で助けてほしいんだ!」
「どこにいるかわかんねぇんだろ?」
「だから、探し出してほしい! お願いだよ、僕にできる事なら、何でもする! 一発芸でも、歌唱でも、飛び降りでもなんでもするから!」
「飛び降りってなんだよ……本当に面白いやつだな。なら、二度と俺たちから逃げるな!」
「…!?」
ゼアスさんの提示した条件に僕は目を見開く。
…僕が…側にいたら…皆が…。
不幸に…?
僕が居なくても、皆はこんな大変な目にあってるじゃないか…。
「条件が吞めねぇんなら、俺もてめぇに協力してやる義理はねぇな」
「…わかった…!」
「よし!」
僕は素早くドラゴンの姿になって駆けだした。
僕は不幸をたくさん招き入れてしまうかもしれない。
でも今は…とにかくシルヴィと村の人たちを助けることが最優先事項だ。
シルヴィ…!
どこに居るの…!?
僕はまた、森の中を駆け抜ける。
時々魔物が目の前に出てくるが、すぐに氷漬けにして、尻尾で砕く。
そんなことを作業のように繰り返していると、僕の目の前にひときわ大きな二足歩行の魔物が姿を現した。
泉のようになっているその場所で、魔物は、大きな牙が生えそろった口を開け、手に持った何かを自分の口に放り込もうとしていた。
…あの魔物…なにを…。
そんな風に思った瞬間、魔物の手の中にあるのが何か、僕は理解した。
それは、ぐったりとした水色の髪の少女だった。
…。
その瞬間のことを、僕はよく覚えていない。
ただ、怒りに任せた大きな鳴き声を上げたことだけはわかるが、次の瞬間…。
気が付けば魔物は八つ裂きになり、裂かれた魔物の体は氷漬けになって地面に叩きつけられ、粉々に砕け散った。
魔物の手から離れた少女は、僕の方に落ちてくる。
その少女を、僕はドラゴンの硬い鱗ではなく、人間の腕で抱きとめた。
受け止めきれずに、尻もちをつくが、それでも少女のことは離さなかった。
「…え…? …ジル…?」
少女は掠れた声で、僕の名前を呼んだ。
それに、僕は小さく頷く。
「…シルヴィ…生きてて…本当に…よかった…」
そんな僕の声は、みっともなく震える。
僕の目からは、大粒の涙が零れた。
あと、少し遅かったら…。
僕は、僕の知らないところで、大切な恩人を失くすところだった。
そう思うと、体が震えた。
「…なに…泣いてるのよ…。泣きたいの、こっちなんだけど…あなたがそんな風に泣いてたら、泣けないじゃない」
「ご…ごめん…ごめん、シルヴィ…本当に…ごめん…」
「…おかえり、ジル…」
優し気なシルヴィのそんな声とともに、僕の頭に優しく手が触れる。
ごめんしか言えない、脳のない猿かのような僕に、シルヴィは優しく声をかけてくれた。
「…たっ…だい…ま…」
そんなシルヴィに返した言葉は震え、裏返り、途切れ途切れでもう散々だ。
止めようとしても、僕の目からあふれる涙は止まらない。
そんな僕の頭を、シルヴィは優しく撫でてくれていた。
これではどちらが危機に陥って、どちらが助けたのか、全くわからない。
こうして、見た目は18歳の少年が泣きじゃくり、17歳の少女が慰めるという奇怪な図が完成した。
この後の5分ほどは、魔物が空気を読んだのか、それとも、異様な雰囲気に近付けなかったのか…。
僕たちを魔物が襲ってくることはなかった。
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