ヘタレドラゴン、逃げる
その日、僕達は森の中で焚き火をしながら夜を越すことにした。
結界がなくなっている今でも、北の方の大陸内部にはあまり魔物がいなかった。
今日倒した魔物の数といえば、おそらく十体ほどだろう。
それであの村人は無事だったのかもしれない。
…もしかしたら、村の他の人も生きてるんだろうか。
村の建物とかが駄目になってしまっても、人間が無事なら、きっとすぐに復興するんだろう。
…僕は、あの村でのこと、母さんを死に追いやったこと、忘れていたわけじゃない。
だけど、エリシアに、ゼアスさんに、シルヴィに…話す気にはなれなかった。
あんなことがあった今…やっぱり皆には、話した方がいいんだろうか。
だけどこんなの、僕の私事情だ…。
みんながそんなに僕のことを知りたいはずがない。
それに…僕はまだ、みんなと一緒にいていいんだろうか…。
僕の周りにいる人は、不幸になる。
ドラゴンに生まれ変わったから、そんな事は無いと、そう思い込んでた。
でも、生まれ変わっても、結局は何も変わってないのかもしれない…。
みんなが不幸になってしまうなら…僕は…。
皆は、焚き火を囲んで、毛布を掛かった状態で眠っている。
行くなら…今しかない。
…ごめんね、皆。
今までありがとう…。
僕は素早く人間の姿からドラゴンの姿になると、静かに森の中を進み始めた。
これから何処に行こう…。
やっぱり、人間も、ドラゴンも、魔物もいない所がいいな。
そこで、静かに、一匹で暮らそう。
「おい、ジル。てめぇ何処に行くつもりだ?」
急に、そんな聞きなれた声が僕の背後から聞こえた。
『…』
ゼアスさん…?
なんで起きてるの?
さっきまで、ぐっすり眠ってたはずなのに…。
「まさかあんな狸寝入りに騙されるなんてな」
『…え''…』
「観念して捕まりやがれ」
寝たフリだったってこと!?
どうりでゼアスさんが本当にぐーぐー言いながら寝てると思った!!
あんなイビキのかき方する人居るんだって思った僕が馬鹿だった…。
ゼアスさんはそんな風に近づいてくるけど…。
に…逃げなきゃ…!
僕はゼアスさんに背を向けて、森の中を走り出す。
すると、ドンッという音を立てて、僕の真横の地面が深くえぐれた。
…なっ…!
あの人、僕のこと殺す気で魔法放ってるんじゃないの…!?
そう思ってしまうぐらいに、強い魔法が僕のそばにある木を倒し、地面をえぐっている。
「待てやこら!」
『ひいぃ!』
とにかく、ゼアスさんからはいくら離れても魔法で攻撃される…。
となったら、地面を走るよりも、空を飛んだ方が逃げやすいかもしれない!
そう思い、翼を広げて飛び立とうとすれば、強い力で尻尾を引っ張られた。
『わっ…!?』
飛び立とうとした僕の体は、引っ張られたことでバランスを崩し、地面に叩きつけられた。
『い…てて…何…?』
後ろを振り向けば、僕よりも一回りぐらい大きな赤いドラゴンが、僕の尻尾を咥えていた。
『え…エリシア…? なんで起きて…』
『ジルが逃げるかもしれないから、警戒しておけーって言われてたからね! 逃がさないよ!』
そうエリシアは僕の尻尾を前足で押さえつけて言った。
けど…ここで捕まるわけには…。
僕は、皆から離れなきゃいけないんだ…!
僕はドラゴンの姿から人の姿になり、エリシアが入ってこれない狭い茂みに飛び込んだ。
チクチクと枝や棘に引っかかれるけど、そんなことを気にしちゃいられない。
…どうして皆して僕を追いかけてくるんだ…!
僕は害虫で、ナメクジで、もやしで…。
僕なんかにみんなが執着する理由なんかないのに…!
パーティのメンバーが足りなくなるのなら、もっとマシな人を入れればいいんだ…それこそ、レインさんみたいな…強くて、常識人で、面倒見が良さそうな人を…。
やっとの事で、茂みから抜け出す。
…これで…二人のことはまけたかな…。
早く、森から出よう。
そう思って走り出そうとした瞬間、僕は上の木から降ってきた何かに押し倒された。
「うっ…」
その何かは、僕の背中の上に乗っかり、僕の体の自由を奪った。
驚いて僕の背中に乗っているものが何かを確認しようと振り返る。
するとそこに居たのは、水色の長い髪を持った少女、シルヴィだった。
「…し…シルヴィ…」
「逃がさないんだから、ジル!」
そんな風に腕捲りをするシルヴィを見て、僕は小さくため息をつく。
まさかの、三人とも狸寝入りだったってことなのか。
そんなことにも全然気づかないなんて…。
その時、そう思っている僕の上から、シルヴィの重みが無くなった。
「ジル…置いていかないで」
うつ伏せの状態で地面に這いつくばっている僕の目の前に、シルヴィは屈んだ。
そして、少し寂しげな、いつもよりも小さな声でシルヴィはそう言った。
「…シルヴィ、僕は…呪われた子供って言われてたんだ。僕と一緒にいたら…きっと皆に悪いことが起こる…」
「もし私たちに悪いことが起こっても、それはあなたのせいじゃないわ。ジル、前世のこと、嫌なら私たちに無理に話してくれなくていいの。だから…ひとりで何処かに行こうとしないで」
シルヴィは僕の手首を掴んで、引き起こした。
引き起こしたあと、シルヴィは僕の手首を掴んだまま離さなかった。
でも…この握る強さじゃ、すぐに逃げられるぐらいだ…。
僕には、何となくわかった。
シルヴィは、僕に選択権をくれてるってこと…。
そして、僕がもし今、この手を振りきったら。
もう誰も、追いかけてこないということも。
…それでも…僕は…。
もう側に居てくれた人を傷つけたくない…!
僕は思い切りシルヴィの腕を振り払う。
シルヴィの表情が、寂しそうに、悲しそうに歪む。
それを無視して、僕はシルヴィに背を向け、走り出した。
走って…走って…走って。
森の出口が見えてきた時、僕は木の根っこにつまずいて転んだ。
転んだ拍子に目の前にあった木に思い切りぶつかり、木から大量の木の実が落ちてきて僕の頭を襲う。
「…いったたた…」
そんな声が虚しく森の中に響いても、もう誰も、僕のことを追いかけてきてはいなかった。
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