ヘタレドラゴンには難しい
僕を抱きしめるシルヴィの声は震えていた。
…それだけ、怖い思いをしたのか…。
それとも、何か別の理由があるのか…詳しいことはわからない。
でも、とりあえず今は、シルヴィのそばを離れちゃいけない…そんな気がした。
本当は僕じゃなくて、もっと女性に慣れた、粋な計らいを出来る男がシルヴィを助けたり、慰めたりできたらよかったんだけど、残念、相手はこの僕だ。
正直、こうして抱きつかれてもどうしたらいいかわからない。
でも僕は、何故だかこの時、女の子と相当密着しているというのに取り乱さなかった。
とりあえずシルヴィの背中に優しく手を回して、背中をあやす様にポンポンと叩く。
けど…。
この後どうすればいいの…?
シルヴィは勿論何も言わないし、僕もなんて声をかけたらいいかわからない…。
それに…僕なんかが何か言っても、余計に雰囲気が暗くなりそうだ…。
「…」
「……」
二人の間に、静かな沈黙が訪れる。
町の中も、今は魔物もいないようでとても静かだ。
「おいジル!!」
…そこに、空気の読めない男の声がひとつ…。
「何で魔物倒してやったのに戻って来ねぇ…あぁ」
その空気の読めない男は、僕に抱きつくシルヴィを見ると納得したようにため息混じりな声を出す。
「おいシルヴィ。お前が戦った魔物は、雷魔法に耐性がある魔物だ。別にお前が弱いわけじゃねぇんだよ。それとも怖かったか? そんなんじゃ冒険者は務まらねぇな」
ぶっきらぼうにそんな言葉をシルヴィにぶつけるゼアスさんに、僕はイラッとする。
シルヴィは僕なんかに抱きつくぐらいに嫌な思いしたのに、そんな言い方はないんじゃないか。
ここは優しくなにか声をかけてあげるべきなんじゃないか…。
そのなにかがわからなくて、僕は何も出来ずにいたわけだけど…。
「…うん…ありがとう、ゼアスさん…。私、頑張るから」
だけど、シルヴィはそんなゼアスさんの言葉に顔を上げた。
そして、僕から離れ、小さな声でそう言った。
あの声のかけ方が正解…だったの…?
…やっぱり、僕には女心なんてものは当分わかりそうもない…。
『おぉーい! みんな! ここに居たんだね!! 一人逃げ遅れた女の子見つけたよ!』
「エリシア! ありがとう」
「……」
エリシアはドラゴンの姿でこちらに駆け寄ってきて、その背中には小さな女の子が乗っている。
声をかけた僕の横で、ゼアスさんが驚いたように目を見開いた。
「そっか、ゼアスさんには言ってなかったわね。エリシアもドラゴンなの」
「……お前ら本当に面白いな」
「…どういう意味…?」
「何でもねぇ! 随分立派じゃねぇかエリシア」
そんな言葉を受けてか、エリシアは光に包まれ、人間の姿に変わっていく。
「エリシアはまだまだの大きさだよー。それより、早く皆を避難させなきゃ! この子も気を失っちゃってるの」
「わかった。すぐ安全なとこに連れてってやんよ」
ゼアスさんの言葉を皮切りに、僕達はギルドの支部の方向へ歩き出す。
そんな中で、僕はちらりとシルヴィに視線を向ける。
シルヴィはもうしっかりと前を向いている。
…僕はやっぱりダメなやつだった。
シルヴィを、慰めてあげられなかった…。
というか、何であの状態になったのかも、未だに理解出来てない…。
…いつかは…何かあった時シルヴィの気持ちを理解して、そして上手く声をかけられるようになるといいな…。
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僕の目の前には、ゼアスさんがデカイ身体を思い切り広げ、大の字になって倒れている。
「…ゼアスさん、あの…」
「俺はもー、一歩も動かねぇぞ」
「いや、けどこんな所で寝てたら殺されちゃうよ」
「じゃあ俺を守っとけジル」
「…えぇ…」
町に取り残された人たちをゼアスさんが転移魔法で安全な場所に送り届けたあと、ゼアスさんは帰ってきた途端にその場に倒れ込んでしまった。
魔物の殆どは凍らせて砕いたものの、まだ海の方から魔物は入ってきている。
この場所にいたら、いずれ魔物に攻撃されるんだけど…。
「これからまだ、この他の村の状態とか見に行かなきゃならないんだ。ちっとは休ませろ」
「もっとゆっくり休めそうなところがあればいいんだけど…」
「それがねぇからこんな地べたに寝転がってんだろ。シルヴィとエリシアはどうした?」
「支部の建物の中だよ。色々見てみたいんだって」
「ギルドの支部なんか何もねぇだろ」
「そうなの?」
「多分な。というかお前どんどん敬語取れてってんぞ」
「…あぁ…敬う程じゃないかと思って…」
戦闘になると頼もしいけど、他は色々と手がかかる人みたいだし…。
そう思っている僕の頭をガシッとゼアスさんが掴む。
「…い…痛い…」
「年上は敬いやがれ」
「…えぇ…」
「なんてな、お茶目なジョークだ」
「……」
そう言いながらゼアスさんは僕の頭から手を離した。
何言ってんだこいつ。
この言葉を聞いてそう思うのは僕だけではないはずだ。
「てめぇ、今馬鹿にした目でこっち見やがったな」
「いや…全然。何言ってんだこいつって思っただけだよ…」
「それを馬鹿にしてるっつーんだよ。まぁ、いいけどな。俺は寛大な心を持ってるんでな」
…寛大どころか緩すぎて原型留めてないよきっと。
普段はこんな感じの面倒くさい人なのに、やる時は何でも難なくこなすのが、この人のすごいところだ。
…そういえば…。
「そういえばゼアスさん、シルヴィが戦ってた魔物のこと知ってたの?」
「知らねぇ」
「え…? だって雷魔法がどうとかって…」
「あんなんハッタリに決まってんだろ」
「…は…?」
「あの魔物が雷魔法に耐性があるってのも、シルヴィが弱くねぇってのも嘘だ」
「なんでそんなこと…?」
「あぁ、でも言わねぇと、折角抜けてきた肩の力がまた戻ってきちまうからな。それに、他人が言わなくたってシルヴィは自分が弱いってわかってんだろ。わざわざ言ってやる必要もねぇ」
…ゼアスさんは、シルヴィの気持ちもわかった上で、今後のことも考えて、あの一瞬であのぶっきらぼうの言葉を選んだのか…?
「でも…シルヴィは弱くないよ。僕をいつも助けてくれる…」
「おめぇよりは弱いんだよ、ジル」
「それは…僕はドラゴンで…シルヴィは人間で…」
「あいつはお前に置いていかれねぇように必死こいてんだろ。ちっとは気持ちを汲んでやれヘタレ野郎が」
僕に置いていかれないように…?
そんなの…逆じゃないか。
僕は、ドラゴンになった今でも、ドラゴンの中じゃきっと冴えない方だと思う。
身体も、エリシアよりもまだ全然小さいし。
こんな冴えない僕が、あんなに優しくて努力家で、どんどん強くなっていくシルヴィの隣にいつまで居られるんだろうって、思うことがある。
「…よく…わかんないな…自分じゃない誰かの気持ちって…」
「ま、おめぇみたいなクソガキには早ぇってこったな。つーか、おめぇがそばに居ると休めやしねぇじゃねぇか。あっち行ってろ!」
…あれ…僕、ゼアスさんに守れって言われてなかったっけ…?
空耳だった…?
…まぁ、いいか。
この人がもし寝てる間に大量の魔物に囲まれても、どうせあくびをしながら蹴散らすんだろうし。
僕は寝転がるゼアスさんをひとり外に残し、ギルドの支部の方にいるエリシアとシルヴィのもとへと歩き出した。
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