逆襲の始まり
僕、シルヴィ、エリシア、ゼアスさん、レインさん、そしてギルドマスターという、何とも異様な組み合わせの六人が、ギルドの一階にある小部屋に集まっていた。
…一体、何の話が始まるんだろうか…。
レインさんは背筋を伸ばして微動だにせずに立っているが、ゼアスさんは壁に寄りかかり腕を組んでいる。
…僕達はなぜこんな所に連れてこられてしまったのか…。
果たして僕達が来る意味があったのか…。
そんな沈黙を破ったのはレインさんだった。
「…あの、父上…。この子達と兄上はパーティを組んでいないんです。兄上が勝手に巻き込んだだけですし、帰してあげたらどうです?」
流石はレインさん…!!
僕もそうしてもらいたいと思ってる。
マスターには何となく迫力があって、それに気圧されてる感じがある。
…早くここから出たい…。
「む…そうなのかゼアス」
「ちげぇよ。俺はこいつらと今しがたパーティを組むと約束した。なぁ、そうだよなぁ? はい! しました! ほらな!」
…何やってるんだこの人…。
誰の声真似をしたのかは知らないが、はい!しました!の所だけやけに声が高くなって掠れている。
……流石にそんな下手くそな一人二役じゃ騙されないよね…。
「む、レイン。この者達はパーティを組んだと言っているぞ?」
…嘘だぁ…。
簡単に騙されちゃったよこのマスター…。
「父上!? 今のは兄上が…!」
「うるさいぞレイン! なかなか本題に入れないじゃねぇか!」
「誰のせいだと思ってるんですか!?」
「まぁいいだろう。二人共黙れ」
マスターの一声で、ぎゃーぎゃー言い争っていた二人の口が止まる。
「ゼアスの言葉の真意がいずれでも、その者達はゼアスが認めた者達というわけだろう。それならば丁度いい。お前達も聞いていけ」
そう、マスターは前置きをすると、部屋にあった椅子に腰掛けて話し始めた。
「北西のレゾリア大陸にある結界装置がすべて壊された」
レゾリア大陸…。
何故だか聞いたことがあるけど、僕とシルヴィ、そしてエリシアが出会った場所じゃないみたいだ。
「あぁ、村も殆ど壊滅状態らしいじゃねぇか」
「…知っていたのですか? 兄上」
「ついさっき市場の近くで聞いた」
「レゾリア大陸を覆い守っていた結界がなくなったせいで、魔物共が大陸内に乱入し、人を殺して回っているのだ。ゼアス、それから君たちには、レゾリア大陸へ行き、魔物を少しでも減らしてほしい」
「そんなこったろうと思ったぜ」
結界がなくなった大陸…。
海に居た魔物が大陸の上に蔓延っているのを想像するだけで背筋が凍りつく思いだ…。
もとより、この世界は五つの大陸にわけられている。
ギルド本部のあるこの島と、その他に自然が豊かな大陸が四つ。
そしてそのいずれの大陸も、魔道士によって作られた結界に守られて、魔物と遭遇することも殆どない、安全な暮らしを保証されている、と、シルヴィから聞いた。
僕がそんな世界のことについて欠片も知らないのは、前世の僕は、殆ど自分の家と、家の隣の畑にしか居なかったため、自分がどの大陸のどの村に住んでいるかなんてそんなこと、考えたこともなかったからだ。
結界装置というのは、多分魔道士が張った結界を長く維持させるための装置のはず。
…でも、それをどうして壊す人が居るんだ…?
人間にとっては、悪いことしかないはずなのに…。
魔物が内側に入り込んで壊したのか…?
でも、魔物にそんな知能はないはず…。
「父上、私はどうすれば?」
「お前はS級の冒険者を一度全員この本部に連れ戻せ」
「…そんなに大事ですか? 魔物の討伐をしながら、結界の装置の修復と貼り直しをするだけでは…」
「装置を壊したのはドラゴンの集団だ」
…!?
マスターの言葉に、僕とエリシアは目を見開いた。
「ドラゴンの知能は高い。いずれ他の大陸の装置にも彼らの狙いが行くだろう。その前にS級の冒険者を各大陸に派遣し守らせる」
「あの!…ど、どうしてドラゴンがそんなこと…」
僕がそうおずおずと質問をすれば、それに答えたのはマスターではなくゼアスさんだった。
「人間が憎いからに決まってんだろ」
「…憎い…?」
「人間は、自分たちの都合で何百というドラゴンを殺してきた。その報いだろ」
ゼアスさんは僕にそう言葉を返しながら、視線は僕ではない、どこか遠くを見つめていた。
「そういうわけだ。レイン、ゼアス。今すぐにでも発て。ゼアスの行先ならば、転移装置で送ってやれる」
「わかりました…父上。それから兄上」
「なんだ、問題起こすななんて約束は出来ねぇぞ」
「それは起こさないでほしいですけど、それよりも…お気を付けて」
「おー、お前こそまたすっ転んで膝擦りむいて泣くんじゃねぇぞ」
「いつの話ですか!」
レインさんはゼアスさんを睨みつけると、そのまま部屋から出て行ってしまった。
「さぁて、おめぇら。俺と一緒に来るか、それとも安全なところで平和ボケした依頼をこなし続けるか…。こんなの、一択だよな?」
正直僕は、平和ボケした依頼をこなしながらのんびり生活していたい側のドラゴンだ。
でも…僕の両脇にいる少女二人は、もう決めてるみたいだ。
シルヴィもエリシアも…困っている人やドラゴンが居れば放っておけない質だ。
きっと、危険も承知で行くんだろうな…。
僕一匹なら、もちろん逃げてる。
でも…このふたりが行くのなら、僕だけ逃げるわけには行かないんだ。
命を救ってくれたシルヴィに、恩返しもできてないんだし。
ちらりとシルヴィの方を見れば、決意を固めた瞳と目が合う。
もう一方のエリシアを見れば、ぎゅっと口を結んだままゼアスさんを見ている。
「…行きます。ゼアスさんと一緒に…」
「一番意外な奴が答えたな、ジル」
「…僕は、シルヴィとエリシアの意見を尊重しただけで…」
「ほぉ、お前は行きたくないってことか」
「…本音は、行きたくないです。正直僕は誰も来ない静かなところで作物を栽培しながら誰にも気づかれずひっそり一生を終えたい派だ…」
「どんな派だよ」
「でも…僕は…シルヴィとエリシアと離れたくないって…そうも、思うんです」
自分で言っておいて恥ずかしくなってくる。
大体、こんな根暗な僕にそんなこと言われて、シルヴィとエリシアは嫌なんじゃ…!
…嫌に決まってるよね!
僕だって僕みたいな根暗でもやしで陰険なやつに付きまとわれたら嫌だ!!
「ご…ごめん! ストーカーみたいなこと言って…!違うんだそういうんじゃなくて…!」
必死に言い訳を始めた僕の思考回路はもうごっちゃごちゃだ。
こうなると自分でも自分が何言っているのかわからない。
いつもながらに自分が嫌になる。
「ジル! エリシアもジルと一緒に居たいよ!」
エリシアの一声で、僕は驚いて現実に引き戻された。
エリシアは嬉しそうに僕の左腕を両手で掴んで笑っている。
今度はそんな僕の右手にぬくもりが触れた。
「…シルヴィ…?」
シルヴィは何も言わず、かといって僕の手を離すこともなく、小さく僕に笑いかけた。
「おい、蚊帳の外にすんじゃねぇよ。あと待たせるんじゃねぇ」
「ご…ごめんなさい…!」
ゼアスさんの言葉に、僕はハッとして自分の腕を引っ込める。
僕の横でエリシアは不満そうな顔をしているが、見ないふりをした。
いつまでも手を繋いでるわけにはいかないから…。
「親父、転移装置のある部屋どこだったっけか」
「一階の右奥の扉から出た先だ。わしも行く」
「おー、頼むぜ」
「転移装置って、どういうものなの?」
そんなシルヴィの問いかけに、ゼアスさんが簡潔に答える。
「ギルド本部からは、他の支部に転送できる装置がある部屋があんだよ。そっから、レゾリア大陸まで飛ぶ」
そんなゼアスが説明をしてくれた場所は、特に特別なものがあるわけじゃない、小さな小屋だった。
ただ、一つ異質なのが、小屋の床一面に魔法陣のようなものが描かれている。
「忘れもんねぇか、お前ら!」
そんなゼアスさんの言葉に、僕達は頷いた。
荷物も、今しがた貰った報酬もちゃんと持っている。
「んじゃ、頼むぜ親父」
「あぁ」
マスターが片手に持っている杖をかざすと、床に書かれた魔法陣が光り出す。
その光が僕達を包み込んだ時、ゼアスさんの悪びれない声が聞こえた。
「悪ぃが親父。始末書の件は頼んだぜ!」
…と。
魔法陣の輝きが消え、その場には髭を蓄えた杖を持った男性ひとりが取り残される。
「…緊急事態で、説教をするのを忘れたな…」
そんな男性の声が小屋の中に寂しく響いたことは、誰も知らない。
最後まで読んでくださってありがとうございます!
よければブックマークをよろしくお願い致します!!




