ジェリア兄弟
僕とエリシア、そして、レインさんの大声に驚いて目を覚ましたシルヴィに、レインさんは頭を下げていた。
「見苦しいところを見せてすまない…兄上が何か失礼なことをしなかったか…?」
そんな真摯なレインさんよりも、レインさんの横で倒れているゼアスさんに目が行ってしまうのは…まぁ、仕方ないことだと思う。
「あ…いや、仕事について行っただけですから…」
僕はそう言葉を返す。
本当は、いろいろと手伝わされたり、ゼアスさんがほぼ仕事を放棄したりと大変だったんだけど…。
あのやられようを見せられては、これ以上レインさんを怒らせると、ゼアスさんの命が危なそうだ。
「うん、そうだよ! エリシアたちはだいじょぶだから、許してあげてよレインお兄さん」
「…なんで俺がおじさんでレインがお兄さんなんだ。こいつとは二歳しか変わらねぇんだぞ」
ゼアスさん…死んだように倒れてたのに…起き上がった…。
そんなにおじさんが嫌だったんだ…。
「……」
そんなゼアスさんを、レインさんが無言で睨んでいる…。
まぁ、それも無理はない。
今僕たちの近くにある机には、大量のギルドへの提出書類と、始末書が置かれている。
これが全てゼアスさんのものだっていうんだから、一周回って見上げたものだ…。
「すまねぇレイン、次は二枚ぐらいは少なくするからよ」
「別にあってもいいですけど、自分でやってください」
「嫌だ」
「……」
レインさんの固そうな鎧に包まれた拳が、静かに持ち上げられる…!
そしてゼアスさんの顔めがけて振り下ろすが、ゼアスさんは転移魔法で僕の後ろに逃げていた。
「…ちっ……」
…レインさんがちっ…って言った…。
始めに見せた優男ぶりは本当にどこへ…。
「とにかく兄上。提出書類102通と、始末書25通仕上がっています。早くマスターのもとへ行ってください」
「いやぁ…助かる弟よ! その調子でマスターにもよろしく頼む!」
そういうが早いか、ゼアスさんは転移魔法を使い、どこかへ行ってしまった。
…最低だ…。
あんなの庇うんじゃなかった…。
というか、レインさんが初めに、ゼアスさんが仕事に出たきりひと月戻らなかったって確か言ってたけど…ひと月で始末書25通って、ほとんど毎日何かをやらかしてる…。
何があの人をそこまで駄目にしているのか…。
そして、レインさんが背中にさげた大剣の柄に手を伸ばしているのが怖い…。
「…次会ったらころ…いや、何でもない」
…殺すって言うつもりだったよね…。
自重しきれてない…。
レインさんは大きくため息をつくと、僕たちに向き直った。
「君たちがギルドに提出すべき書類もできているんだ。これに、名前を書いてくれればそれで終わりだから、それだけ、よろしく頼むよ」
そう僕たちに書類を渡すレインさんは、なんだかすごくやつれて見えた。
それはそうか…全部で100通以上の書類を一人で二時間ぐらいで仕上げたんだから…。
放棄しない辺り、結構兄思いかもしれない。
「あぁ、それから…先程まで向かってもらっていた依頼の報酬が届いているんだ。掲示板の右の受付から受け取れるから、君たちが受け取ってしまってくれ」
レインさんは、僕たちが書類に名前を書いたのを確認すると、それを集めながら言った。
「でも、あれはおじさんのお仕事でしょ? エリシアたちが貰っちゃっていいの?」
「どうせ兄上のことだ。君たちに仕事を手伝わせたりしたんだろう?」
呆れたようなレインさんの言葉に、僕は驚いた。
…レインさん、わかってたんだ…。
いや、手伝わせるどころかあの人はほとんど放棄していたわけだけど。
「だからしっかり受け取ってくれ。それから、君たちは旅をするつもりかい?」
「はい、まだ特に、どこへ行くのかは決まっていないんですけど」
シルヴィが、レインさんの問いかけに静かに答える。
「そうか。これからは、各地にあるギルドの支部からも依頼を受けることができるから、頑張ってくれ。それから、報酬については依頼が終わったときに依頼主にどのギルド支部に送るのかちゃんと言っておくこと。誰の報酬かわからないものがこの本部に流れ着いてくることが多いからね」
「わかりました」
「じゃあ、君たちは報酬を受け取ったらもう行っていいよ。君たちの旅に幸あることを祈ってるよ」
僕たちに微笑みかけたレインさんには、初めて会った時の優しげな表情に戻っていた。
そんなレインさんと別れ、僕たちは報酬に関しての受付へと行ってみる。
「どんな報酬が貰えるんだろうね?」
エリシアは楽しそうに瞳を輝かせる。
「どうなのかしら…旅の経費の足しになるものがいいな…」
「…シルヴィ、現実的だね…」
「だってそのためにギルドに来たんだもの」
そしてその受付から渡されたのは、信じられないほど大量の金貨だった。
「…こ…こんなに…!?」
「S級の依頼は、大体がこんな相場ですよ。ゼアス様はまた受け取るのを放棄されたのですね」
受付の女の人はさらりと言うが、僕は前世でこんなに金貨を見たこともない。
シルヴィも同じようで、瞳を輝かせている。
まるで、シルヴィが好きな綺麗なものを見た時と同じように。
…シルヴィ、そんなにお金欲しかったんだ…。
「…また?」
エリシアが、不思議そうに受付の女の人に言葉を返した。
「えぇ、ゼアス様は、依頼をなんでも軽々とこなしますが、報酬はほとんど受け取らないのです。それこそあなたたちのような、駆け出しの冒険者に報酬を譲ったり…」
「…あの人、変なところで世話焼きなのね…」
「本当だね、自分の世話は全部レインお兄さんにやってもらってるのに!」
…本当にエリシアのいう通りだと思うと、本当にしょうもない人だ…。
「そういえば…お姉さん!」
「はい?」
「二階には何があるの? 人はいっぱいいるのに、誰もその階段を登っていかないよね?」
「二階は、SS級とSSS級の依頼掲示板と、マスターの部屋があるんです」
「と…とりぷるえすきゅー?」
「最高難易度の依頼です。今のところ、ギルドの中でそれらを受けるのを許されているS級冒険者は六人だけなので、それ以外は二階に行くことを許されていないのです」
「へー…」
まさかとは思うけど…ゼアスさんって、S級冒険者だったりするのかな…。
でも、相当腕がたつみたいだったしもしかしたら…。
「あなた方が知っている人でしたら、ゼアス様とか…あと、弟君のレイン様でしょうか」
「れ…レインさんも…ですか…」
予想は当たったが、まさかレインさんまでS級の冒険者だったなんて…。
冒険者ギルドに来ていきなりすごい二人に出会ってしまったようだ。
兄弟でそんなに優秀ってことは、やっぱり血の流れとかなんだろうか。
僕とは雲泥の差だ…。
ん…?
階段から、誰かが下りてきてる…?
そっちの方に視線を向けると、長めの紺色の髪を綺麗に束ね、ひげを蓄えたおじさんが階段の途中まで下りてきていた。
…なんか、ゼアスさんたちに似てるような…。
「マスター!?」
そんな受付の女性の声に、僕は驚いて身を縮ませた。
「あの人が…ギルドの最高責任者…ってこと?」
シルヴィが僕の横でじっとその男の人を見ているが、多分、思っていることは同じだ。
…あの人、ゼアスさんとレインさんのお父さんなんじゃ…。
「レインは居るか!」
口を開き、声を張り上げたギルドマスターの声は凛としていて、とても聞き取りやすい。
その場にいるほとんどの冒険者が、マスターのことを見ていて、皆憧れの眼差しを向けてるみたいだ。
そんな冒険者の間をすり抜けて現れたのは、さっきまで僕たちに色々な説明をしてくれていたレインさんだった。
「はい、マスター」
「ゼアスを連れて来い」
「兄上ならさっき逃げましたが…」
「生きていればどうでもいいからとっ捕まえて来い」
「わかりました。四肢はなくなるかもしれませんがお許しを」
「良い」
四肢が無くなるって…
そんなことしたら普通死んじゃうと思うんだけど…。
「おいおい物騒なこと言うなや!」
そんなもはや聞き慣れた声が聞こえてきたかと思うと、一瞬でマスターの後ろにゼアスさんが現れた。
「親父も実の息子の手足切り落とすことを許可すんな」
「こんな面倒ごとばかり起こす息子なんぞいらん」
…やっぱり親子だった…。
「とにかく来い。急を要す話がある」
「わかってる。それを聞きに来たんだからよ。だが、ちょっと待て」
そう呟いたゼアスさんの姿が消える。
…また逃げるつもりなのかな…。
傍観者気分でそう思っていた僕の肩に、ポンっと誰かの手が置かれる。
「こいつらは俺とついさっきパーティを組んだ。こいつらにも聞く義務があるよな!」
…は……?
僕たちの背後にはいつの間にかゼアスさんが立っていて、ゼアスさんの手はしっかりと僕とシルヴィとエリシアを捕まえている。
周りにいる冒険者たちは、驚いたように僕たちを見ていて…。
レインさんは額に手を当てて俯いている。
…パーティを…組んだ…?
ゼアスさんと…僕たちが…?
「む、そうか。ではその方らも来い」
そんなギルドマスターの声がギルドの中に響く。
この責任感欠落人間のせいで…大変なことになった。
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