ゼアスという男
魔物が次から次へと、海の方から陸へ入って来ては消え、また入って来ては消えを繰り返している。
今、こっちに近付いて来ようとした巨体をもった二足歩行の魔物も、ドンッ!という大きな音を立てて魔法が直撃し、跡形もなく消えてしまった。
…すごい…。
人間は、ここまで強くなれるものなのか…。
魔力が消耗している素振りさえ見せずに、足元に魔法陣を浮かばせたゼアスさんは次々と敵をせん滅させていっていた。
すごい量の魔物が後から後から湧いてくるにも関わらず、あくびをしている始末だ。
「おい、ジル」
あくびをし終わった直後、ゼアスさんは僕に視線を少しだけ向けて、ぶっきらぼうに僕の名前を呼ぶ。
「は…はい…?」
「お前ドラゴンなんだろ? ちっとは手伝えや」
「…なっ…!?」
今、この人はなんて言った?
僕の聞き違いか?
今、僕のことを、ドラゴンって…そう言ったの…?
「…なんだその反応。本当にドラゴンだったか」
「…当てずっぽうで、随分なこと言うんですね…」
「けど、当たったんだろ?」
ゼアスさんは、魔物の波が途切れたのを見ると、僕に向き直った。
バレたら攻撃される。
そんな言葉が、僕の頭をよぎって身構える。
この人の魔法をもろに食らったら、もしドラゴンの姿になったとしても多少は怪我するだろう。
…それにもし、人間の姿のまま攻撃を食らったりしたら…。
とにかく、ドラゴンの姿になった方がいい…!
そう思った僕の手を、シルヴィとエリシアが同時に握った。
そして二人は僕とゼアスさんとの間に立つ。
「シルヴィ…エリシア…?」
「どうやってジルがドラゴンだって気づいたのかは知らないけど、ジルを傷つけるのは許さないわ」
「エリシアも。ジルのことは守るよ」
ふたりとも…どうして僕なんかを…。
僕が、隠しきれなかった。
自分で招いた事態なのに。
傍観していれば、このふたりに危害が及ぶことはきっとなかったのに…。
「随分好かれてんじゃねぇか、ジル。ま、俺はおめぇがドラゴンでも別に殺そうなんざ思っちゃいねぇよ。ただ…」
「た…ただ…?」
「ドラゴンなら好都合だ。仕事手伝え!」
「…え……?」
今日は耳を疑うような言葉ばかり聞こえてくる。
「俺は一人で魔物をボコボコにすんのはもう飽きたんだよ」
「…知らないよ…」
僕の前に出ているシルヴィとエリシアを押しのけて、ゼアスさんは僕の腕を掴む。
「ちょっと! ジルを放して!」
「そうだよ! ジルはエリシアのなんだからー!」
いや…僕はエリシアのものでも無いんだけど…。
というか、僕なんか要らないでしょ…。
「まぁまぁ、いいじゃねぇか! ちょいと力を貸せよ、ジル!」
強い力で僕の腕をゼアスさんは引っ張っていく。
結構な馬鹿力で、腕が痛い。
「ほら、魔物もまた湧いてきたみてぇだしよ」
「…わかりましたよ…」
このまま抵抗し続けても、いいことはなさそうだ。
どうせドラゴンだとバレてしまっている今、人間の姿でいるメリットはない。
僕は、ドラゴンの姿を思い浮かべる。
すると、僕の体がまばゆい光に包まれ始めた。
そして光が消えたとき、僕は真っ白な鱗に覆われたドラゴンへと変わっていた。
「へぇ? 立派じゃねぇか。見掛け倒しじゃねぇだろうな?」
『…見掛け倒しかどうかは、僕自身にはわかんないよ』
ドラゴンの姿で返事をしても、きっとゼアスさんには言葉が通じない。
わかっているけど、ゼアスさんは察してくれるような気がして、つい話してしまった。
ゼアスさんはそんな僕の鳴き声を聞いて、察したのかどうかはわからないが、にっと笑った。
「よし、俺が後ろから援護してやる。行ってこいジル」
そんな言葉に、僕は頷いた。
本当に、僕に攻撃する気は無いようだ。
それから、多分ゼアスさんはエリシアが、ドラゴンだということには気づいてない。
気づかれていないのに越したことは無いと思うが、エリシアはドラゴンになって僕の手助けをしようか迷ってるようだ。
僕はエリシアとシルヴィの方を向くと、一応小さな声で声をかけた。
『エリシア、君は正体を隠していて』
そしてエリシアの返事を待たず、魔物の方へ飛び出した。
ゼアスさんが攻撃をしてないせいで、大量の魔物がこちらに向かって歩いてきてしまっている。
僕はとにかく、この草原を戦いやすい場所にするため、前足を地面に叩きつけた。
大きな音を立てて地面は凍りつき、魔物達は足取りがおぼつかなくなる。
そしてもっと前足に力を込めれば、僕が作り出した氷の上にいた魔物は、頭の先まで完全に氷漬けになる。
それを僕は羽を広げて飛び出すと、足で蹴って砕いた。
海の上よりは戦いやすいけど、正直なところキリがないと思うんだよなぁ…。
次から次へと魔物達は湧き、一直線に僕達の方に向かってくる。
それが何故かといえば、これが始まる前にゼアスさんが使った挑発の魔法の詠唱だ。
魔物を興奮させ、襲って来させることが出来るらしい。
が、こっちとしてはいい迷惑である。
…仕事だからしょうがないのかもしれないけど…これはいくら何でも多すぎるよ…。
近づいてくる魔物をことごとく氷漬けにし、それを砕くという単調な作業のようになってしまっている。
が、この時点で僕はゼアスさんがなんの手助けをしなくても済んでいるということに気づきもしていなかった。
その時、行進してくる魔物のうちの一匹、巨大な爪を持った四足歩行の、背骨が妙に波打つように曲がっている魔物は、僕の作り出した氷に触れることなく後ろ足の力だけで僕の方まで跳躍してきた。
…この魔物は初めて見る…けど、そんなに強くなさそうだ。
背骨やあばら骨はむき出しなぐらいに痩せこけて見える魔物が、僕に向かって牙を剥く。
…腹ががら空きだ…。
僕は、前足で地面を軽く叩く。
すると地面から、尖った氷が突き出て、魔物の腹から背中までを貫いた。
その魔物は、僕の目の前にドンッと倒れた。
背骨が何処にあるか見えたから、骨じゃない柔らかい所を狙いやすかった。
もっと皆こんな感じで弱点がわかりやすければいいのに…。
そう思いながらも、僕は次の魔物に目標を変えていた。
だが次の瞬間、僕が次に狙いを定めた魔物が消し飛んだ。
え…?
今のって、ゼアスさんの魔法…。
「おいジル!! てめぇ隙が無さすぎて魔法が使い辛ぇんだよ! シルヴィに教えられねぇだろうが!」
そんな声が後ろから飛んでくる。
いや、理不尽だ…。
急に手伝えって言ったり、急に隙がねえって怒ったり。
自分本位っぽい人だけど、なぜだか憎めないんだよな…。
僕は仕方なく、羽を広げて飛び立つ。
海での魔物との戦いで気づいたことだけど、僕は空中戦が苦手だ。
比較的鱗の薄い腹が無防備になるし、地面を利用した攻撃もできなくなる。
その分、ブレスを使いやすくなるし、敵の後ろに回り込むことも出来るけど、正直正面から倒せないような魔物に未だかつて当たったことがないのだ。
僕は空を飛んだまま魔物達の方へ突っ込んでいき、思い切りブレスを放つ。
何匹かは倒せたようだけど、まだまだ魔物は沢山いる。
…もしゼアスさんの援護が遅れたら、それこそ僕はお亡くなりになるかもしれない訳だけど…。
なんでだろう。
まだ会ったばかりなのに、何故だかあの人は信用できる気がするんだ。
飛んでいる僕の背後に、飛び上がってきた魔物が一匹。
一匹で戦っていたなら、僕は地面に落とされていたところだろう。
が、その魔物の爪が僕に届く前に、ドンッという大きな音を立てて、何かが魔物を撃ち落とす。
ちらりと後ろを見れば、ゼアスさんが魔法陣に囲まれながらにっと笑っていた。
…そんなに力が有り余ってるなら、僕がこんな風にやらなくても、ゼアスさん一人でこの魔物達を全部倒せるよね……。
シルヴィに魔法を教えようとしてる感じもないし…。
何となく信用出来るけど、何ともテキトーな人だ…。
僕が飛び、時折ブレスで敵を倒し、僕の背後の魔物をゼアスさんが撃ち落とす。
どれぐらいの時間、そんな作業を繰り返しただろう。
僕の背後にまた魔物が一匹。
もう、どうせゼアスさんが倒すんだろうぐらいにしか思っていなかった僕は、今までと明らかに違う魔法の音に驚く。
バチバチっという電気のような音が聞こえたかと思うと、魔物が地面に落ちたのだ。
僕は驚いてゼアスさんの方を見る。
すると、そこに立っていたのはゼアスさんではなくシルヴィだった。
こちらに向けてVサインをしている。
…今のが、シルヴィの魔法…?
いつもしてくれる治癒魔法とは一変した、荒々しい雷魔法…。
こんなことも出来るんだ…初めて見た…。
いつの間にかゼアスさんから何か教わってたのか…。
というか、ゼアスさんは何処に…?
きょろきょろとあたりを見回すと、シルヴィのはるか後方に、見つけた…!!
だらしなく寝転がり、茶をすすっているゼアスさんを…!!
その側にはエリシアも座って僕の方を見ている。
どこから持ってきたの、そのお茶とカップ!?
しかもこれゼアスさんの仕事だし…何くつろいじゃってるの!!
『おかしいでしょ!』
そう僕は叫びながら力いっぱい飛び掛ってきた魔物を殴りつけ、吹き飛ばす。
僕が触れたところから魔物は凍り付き、地面に叩きつけられて粉々に砕け散った。
正直ゼアスさんの茶も氷漬けにして砕いてやりたい…。
結局その後の小一時間、ゼアスさんが仕事に戻ることは無かった。
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