冒険者ギルド本部へ
次の日の昼前、僕とエリシアとシルヴィの目の前には、巨大な建物がそびえ立っていた。
その建物こそ、冒険者ギルドの本部だった。
ここではたくさんの冒険者たちがギルドに登録し、ランクに応じたクエストを受けてお金を稼いでいる。
各地には冒険者ギルド支部というのが設置され、そこからでも仕事を受けることは出来るが、本部でしか冒険者としての登録はできないのだ。
「これが…冒険者ギルドの本部…」
大きく開かれた入り口には、何十人もの人々が行き交っている。
そういえば…
「ねぇ、シルヴィ…」
「なに?」
「僕とエリシアって、ドラゴンだけど…ギルドに登録なんてできるの…?」
「できるわ、バレなければ」
「……あぁ…」
ここに来る前に気付くべきだった…。
自分がドラゴンだって忘れてたわけじゃないけど、ギルドに登録することについて深く考えたことはなかった。
「でも、バレなきゃいいんでしょ? エリシアもジルも、どこもドラゴンっぽくないよね?」
「うん、私には何となくわかるけど、普通はわからないはずよ」
「でも…バレたら…」
「攻撃はされると思うわ。ドラゴンとは共存できないって考えの人間は多いから」
「…だけど……お金は稼がなきゃいけないもんね…」
「うん…そろそろ貯蓄もないものね。食料は沢山あるけど」
「よぉし! じゃあ行こう!」
エリシアが先頭に立って、冒険者ギルドに足を踏み入れる。
こういう所、エリシアは肝が座ってる。
僕も見習わなくちゃな…。
「たのもー!」
声を上げたエリシアに、ギルド本部の中にいた人達は誰も見向きもしなかった。
「あ…あれ?」
「どこか受付みたいなのがあるんじゃないかしら」
「…っていっても…人が多すぎて何がどこだか…」
多くの人が行き交う中で、僕たちは動くことも出来ずに入口付近で立ち止まっていた。
「…君たち…もしかしてここに来るのは初めてかい?」
困り果てた僕達に、そんな一声。
驚いて振り返ると、その声の主は、すごく優しそうな目をした短い紺色の髪を持った男の人だった。
優しそうな外見に、背中にさげている大剣がなんとも不釣り合いだ…。
「…あなたは…?」
「私はレイン=ジェリア。冒険者として働いている者だ。よければ受付に案内しよう」
「ありがとうございます…」
レインと名乗った青年を、シルヴィはじーっと見つめている。
…もしかして……いや、もしかしなくともシルヴィはこういう人が好きなのか。
どう見たって好青年な上に顔立ちも整ってて、非の打ちどころが無さそうな人だ。
「…? なにか?」
シルヴィの視線に気づいたのか、レインさんは首を傾げながら優しくシルヴィに聞く。
その優しげな仕草だけで、きっと何人もの女性が恋に落ちるだろう。
前世の僕とは天と地ぐらいに差がある。
「…ええと…もしかしてレインさん、兄弟とか居ますか?」
「…? えぇ、兄が一人…。それが何か?」
「……それってもしかして…」
「おぉ、我が弟、帰ってたか!」
シルヴィとレインさんが話している時、ギルドの奥の方から低めの声が聞こえてきて、僕達は振り返る。
すると、そこには、レインさんとそっくりな紺色の短めな髪を後ろで束ねた青年が立っていた。
レインさんに似ているのに…雰囲気は全然違う。
立っているのも面倒だとでも言いたげな立ち姿だ…。
「…兄上……こっちの台詞です。仕事に出たきりひと月も戻らないなど…」
「細けぇこと気にすんな、弟よ」
「細かくありません。マスターも怒っていますよ」
「じゃあ、マスターに会う前にまた出ていくしかねぇな……ん? あんたもしかして一昨日の…?」
面倒そうな言葉の途中、男はシルヴィの姿を見ると目を見開いた。
そして、一瞬楽しそうな表情になる。
「シルヴィ…知り合い…?」
僕の問いかけに、シルヴィは小さく頷いた。
「一昨日の夜にちょっとね」
…一昨日の…夜…?
……!!
僕やエリシアがぐーすか寝てる間に、シルヴィが逢い引きを…?
シルヴィの好きな人って、こんなにいい加減そうな人なのか…!?
それは初耳だ…。
「で、弟よ。おめぇはこんな所で何やってんだ?」
「彼女達を受付に案内しようと」
「そんなら俺に任せな」
「…兄上は仕事がしたくないだけでしょう」
「さぁ、行くぞ、おめぇら」
「…全く…兄上ときたら…」
僕がぐるぐると頭の中で考えている途中で、弟の言葉を完全に無視した男の腕が僕とエリシアの首にかかり、その片手はしっかりとシルヴィの腕を掴んだ。
「わっ…!?」
「おじさん重いよー」
「誰がおじさんだ! 俺はゼアス。ゼアス=ジェリアだ。覚えとけチビ」
…恐ろしくぶっきらぼうな自己紹介だ…。
こんな感じの人に案内してもらって本当に大丈夫なんだろうか…。
「受付の嬢ちゃん! こいつらは俺が推薦する。書類とかは後で弟に書かせるんで、今は通してくれや」
受付にいた女性にそんな風に言ってひらりと手を振るゼアスさんに、僕は唖然とする。
な…なんて雑な…。
受付をそんな一声だけで通り抜けてしまった。
しかも、書類、ゼアスさんが書いてくれるんじゃないんだ…。
完全にレインさんに押し付けるつもりだよね…。
受付はギルドの建物の奥の方にあり、その受付の更に奥、細い廊下を抜ければ、大きな掲示板が二枚並んだ広間のような場所に出た。
「さて…このひょろいのと、ちっこいのがあんたの仲間か?」
「ジルとエリシアよ。失礼な呼び方しないで」
「へぇ?」
ゼアスさんはじっと僕とエリシアのことを見る。
…気まずい…。
見るだけで何かわかるものなのかな…?
「んで、あんたの名前は?」
「私はシルヴィ。」
「そーか。受付を通さずに入れてやったんだ。ちょっくら付き合ってもらうぜ、ジル、エリシア、シルヴィ」
ゼアスさんは、聞いていなさそうで全員の名前を覚えていた。
「付き合うって、何にー?」
エリシアが不思議そうにゼアスさんに問いかけると、ゼアスさんは腕を持ち上げて掲示板の一番上にある紙を剥ぎ取った。
「仕事だ仕事。ったく、この掲示板は依頼書が取りづれぇんだよなぁ」
「あなたの仕事に、私たちがついていくってこと?」
「おう、ギルドの仕事ってのがどんなもんか見せてやる」
「でも、どうして私たちにそんなこと…」
「気分だ気分。仕事ついでに魔法を教えてやるよ」
シルヴィの問いかけに、ゼアスさんは手早く答えた。
するとシルヴィは、一瞬瞳を輝かせる。
「本当?」
「俺はテキトーだが嘘は嫌いなんでな」
…シルヴィが嬉しそうだ。
そんなにすごい魔導師なのかな…。
一体この二人、どういう関係なんだろう。
気になってしまった僕は、シルヴィに問いかけてみた。
「シルヴィ、一昨日の夜にゼアスさんと会ったの?」
「会ったというか、突っかかられたというか…」
「おいおい、助言してやっただけだろ」
「えぇ、役に立ったわ。あの助言は。ありがとう」
「そうかい。そりゃあ良かったな。おいじーさん、この依頼受けるぜ」
助言…?
ということは、逢い引きではないのか…。
何となく、良かった、と思ってしまうけど…。
そういえば、僕にシルヴィのプライベートな部分に踏み込む権利なんかない…。
気になるがままに失礼なことをしてしまった…。
そんな僕を他所に、ゼアスさんは適当にシルヴィの言葉に答えると、一人のお爺さんが座っているテーブルに依頼書を渡した。
判子のようなものを貰ったゼアスさんは、こちらに戻ってくると、
「じゃあ、行くぞ」
と、僕達に声をかけた。
ギルドから外に出ると、ゼアスさんは僕達が全員いるのを確認してから、気だるそうになにか呪文を唱え始めた。
次の瞬間、僕達の足元が眩い光に包まれる。
「な…なに…!?」
「地面が光ってるー!」
「……」
僕やエリシアは驚いていたが、シルヴィは至って真剣にゼアスさんの動作を見ていた。
そして次の瞬間、僕達の背後にはギルドの建物はなく、僕達はだだっ広い平原に突っ立っていた。
噂に聞いたことがあるぐらいだったけど…これが転移魔法なんだ…。
この魔法は、誰もができるわけじゃないらしい。
「仕事の開始は正午から。依頼内容は一部の結界の張替えをする間、魔物の侵入を防ぐとことだ」
「…え……?」
ゼアスさんの言葉に耳を疑う。
そんなことを…一人でやるのか…?
この人は…。
海と大陸を隔てる結界を貼り直すってことは、一度は結界が消えてしまうということだ。
となれば、海にいた大量の魔物達がなだれ込んでくるに違いない。
未だに気だるそうに首をポキポキと鳴らすゼアスさんを見ても、そこまで強そうには見えないんだけど…。
けれどここから十数分後、僕達は信じられないものを目にすることになるのだった。
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