見た目は怖くても中身はヘタレ
海を越えてきた次の日の昼前、僕とシルヴィとエリシアは、市場の中を歩いていた。
市場には多くの露店が立ち並び、たくさんの人で賑わっている。
そんな中、僕は一匹で人間の姿で歩いていた。
というのも、僕は荷物を持つと自分から言い出しておいて、その荷物が思った以上に重く、ひぃひぃ言いながらシルヴィとエリシアの背中を追いかけるハメになっているのだ。
とはいえ、もう殆どふたりが見えないほど距離が開いてしまっているのだが。
こんな重い荷物を軽々と持ってたなんて…ふたりともおかしいよ…。
いや、おかしいのは僕なのか?
僕が普通よりもかなりひ弱なだけなのか…?
やっぱり僕は女の子よりも力が弱いもやし野郎なのか…。
エリシアはドラゴンだからまだしも…シルヴィにまで負けるなんて…。
それも、この前世の僕によく似た人間の姿は、18歳ぐらいの、普通にもう大人な人間の男の姿なはずなんだ。
それなのに…17歳の女の子よりも力が無いなんて…。
こんなんじゃ、もやし野郎と呼ばれたって仕方ない。
むしろもやしに失礼だ。
というか…そうこう考えてるうちにふたりの背中すら見えなくなってるじゃないか…。
急がなきゃ…。
僕は疲れて痺れてきた腕を叩いて気合を入れ直し、ふたりが歩いていったはずの方向に駆け出した。
しばらく、よたよたのろのろと年老いた亀のように走っていると、やっとの事でふたりの姿を見つけることが出来た…が…。
シルヴィの横にいる随分と厳つい顔をした男たちは誰だ…?
シルヴィとエリシアを取り囲むようにして、数人の男が仁王立ちしてるけど…。
あんな知り合いが居たのかな…。
そう思った瞬間、男はシルヴィの腕を掴んで引っ張っていこうとする。
シルヴィが振りほどこうと抵抗しているのを見て、僕はやっと気づく。
知り合いじゃない…!
ナンパだか誘拐だか知らないけど、とにかく助けなきゃ!
僕はシルヴィ達の方に駆け出す。
それはもう、年老いた亀が少し若返ったかのような速さだ。
要は遅いわけだが。
それでもシルヴィとエリシアが抵抗しているおかげで追いつける…!
「ちょ…ちょ…っと…! シル…ヴィ…を離…せぇ…」
声を上げようとしても、息が上がって上手く言葉にならない。
そして次の瞬間、市場にいた人々全員が目を丸くする出来事が起こる。
なんと、シルヴィの肘が男の鳩尾を直撃したのだ。
「ぐ…ぐぅ…!?」
「汚い手で触んないでよね」
「さっすがシルヴィ! 男前ー!」
エリシアは楽しそうに両手をあげて飛び跳ねた。
あぁ…そっか、シルヴィって強いんだったっけ…。
じゃあ、僕の助け必要なかったかぁ…。
そんなふうに安心した瞬間、僕は自分の片足にもう一方の足を引っ掛ける。
「わっ…わわ…!!」
「え…ジル…!?」
そして、鳩尾を殴られて蹲る男の上に追い打ちをかけるかのように思いっきり転んだ。
「ぐふっ…」
そんな声を出し、男はパタリと動かなくなる。
「あ…いてて…」
「あはは、すごい追い打ちだね。流石ジル!」
エリシアが楽しそうにそう笑いながら自身を取り囲む男のひとりを蹴り飛ばす。
主にシルヴィとエリシアの動じなさと強さに怖気付いたのか、男達は気絶した一人を残してそのまま走って逃げて行ってしまった。
市場の真ん中でそんな目立つことをしてしまった僕達に、なぜだか沢山の拍手が飛んできた。
「え…なに?」
「みんなこっち見てるよー?」
「…皆、僕の無様さを笑ってる…」
「そういうことじゃないと思うわよ」
困惑する美少女ふたりと、落胆するヘタレのもとに、市場で店を出している一人のおじさんが近づいてくる。
「君たち、ありがとう、あのチンピラ共、市場に屯しては悪さばかりしていて、私たちも困っていたんだ。そろそろギルドに依頼しようかと思っていたところだった」
「そうだったんですか。お役に立てたのなら良かったです」
「礼と言っては何だが、良ければこの野菜を持って行ってくれ」
おじさんは、紙袋いっぱいに野菜を詰めてシルヴィに渡す。
「こんなに貰えないです!」
「ギルドに依頼するよりもよっぽど安いから、気にしないで持ってってくれ」
そんなおじさんの言葉を皮切りに、市場の沢山の商人が僕たちに野菜やら果物やら菓子やらをくれた。
それほど、あの男たちに困らされていたということなんだろうけど、これで分かったことが一つ…。
市場の商人たちにどうにもできなかったチンピラたちを一瞬で粉砕したシルヴィとエリシアは、普通の強さではないということだ。
そう考えると、僕が著しくひ弱なわけじゃないと自分をごまかすことができる。
…所詮は言い訳なんだけどね…。
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その夜、僕たちはギルド本部のすぐ手前にまで迫っていた。
「明日には到着できそうね」
「結構近かったね! 海を越えるのは大変だったけど…」
「そうね、海を越えるまでも、私とジルは結構長旅をした気もするけど…」
「えーその話聞きたいっ」
「また今度ね、それより…」
『それより…どうして僕は強制的にドラゴンの姿なの…?』
僕はそうシルヴィに疑問をぶつける。
ギルド本部の手前の山の中、ドラゴンの姿になって暗いところに隠れていて、とシルヴィに頼まれ早数十分。
未だに理由を教えてもらえてない。
別にこの姿でいるのが嫌だとかではないけど、理由がわからないとなんだかもやもやする。
「すぐにわかるわ」
『えぇー…』
そう、つい数十分前もそう言ってたけど、何もわからないじゃないか…。
そう思った瞬間、四方の茂みが一斉に揺れる。
そしてそこから出てきたのは…。
「昼間はよくもやってくれたなぁ、ガキども」
…昼間のチンピラさん方だ。
…なんていうか…すごい執念…。
こんな山奥まで追いかけてくるなんて…。
僕がシルヴィの方に視線を向けると、ばちっと目が合う。
それだけで、僕にはシルヴィの意図が分かった。
要は、ドラゴンとしてこのチンピラさんたちを脅かして、山から下りて貰えばいいわけだ…。
あんまり気乗りしないけど…僕がやらないとこのチンピラさん方が酷いことになりかねない。
あくまで、僕が心配するのはチンピラ達のことだけで、シルヴィたちの心配はしていないというのもおかしな話だ。
僕はのそのそと起き上がると、焚火の明かりが届くところまで歩み出る。
そして…
『ガ…ガオオオオオオ!』
と、叫んでみる。
「…ジル、あんまり怖くないよ?」
「うん、わざとらしさが凄いわね…」
『えぇ!?…じゃ、じゃあ…グオァァァァァァァ!!!』
「…なんか倒された時の悪役みたいな叫び声ね…」
「本当だねー…ドラゴンっぽくないよね?」
『そ…そんなぁ…僕は迫力あるドラゴンの鳴き声もできないのか…』
これじゃあ、チンピラさんたちを追い払うこともできな…く、なかったようだ。
既に僕たちの側に人気はない。
「あら…いつの間に居なくなったのかしら…」
「ジルが明るいところに出てきた瞬間にクルって向き替えて逃げてったよ?」
『さ…先に言ってよエリシア…。僕は何のために…』
「鳴き声へたっぴだから、ジルはちょっと練習した方がいいよ!」
へたっぴって…。
エリシアはたまにド直球で傷をえぐってくる。
「じゃあ、邪魔なのも居なくなったことだし、そろそろ今日は休みましょうか」
「賛成ー! エリシア、ジルと寝るー!」
嬉しそうなエリシアに前足に抱き付かれ、僕は人間に姿を変えた。
…へたっぴとか、力がない、とかって言っていても、エリシアは僕が嫌いなわけじゃないみたいだ。
「どうせ皆で固まって眠るんだから、関係ないわよ」
シルヴィはそう言いながら、敷いた布に寝転がった僕とエリシアの横に寝そべった。
そして、シルヴィは首から何かを外す。
それは、僕があげた貝殻に革ひもを通したものだった。
「シルヴィ…それ…」
「いいでしょう、私の宝物なの」
そう言っておどけた様に笑ったシルヴィから、僕は無意識に視線をそらし、俯いていた。
僕があげた貝殻を、シルヴィはずっと身に着けてくれていたばかりか、宝物なんて言ってくれた。
…うれしい。
誰かに物をあげるなんて初めてで、どうしたらいいかわからなかったけど…渡せてよかった。
「じゃあ、おやすみ! ふたりとも!」
「うん、おやすみなさい」
「…おやすみ…」
地面に一枚布を敷き、その上に寝そべって、毛布を掛けて僕たちは眠る。
いつものことだけど、なんだか今日は、なかなか眠れなさそうだ。
そう僕は、シルヴィの頭の横に大切そうに置かれた貝殻をちらりと見て思った。
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