美少女も変わりたい
僕は、浜辺に打ち上げられて死んだ魚かのように、人間の姿で浜辺に倒れていた。
もう起きる気力もない…。
「ジル、だいじょぶ?」
駆け寄ってくる足音が聞こえたかと思うと、僕の視界に赤い髪がちらちらと映った。
「エリシア…? 心配かけてごめん…なんとか、生きてるから大丈夫…だけどもう海は当分見たくない…」
「お疲れ様、ジル。無理させてごめんなさい…」
エリシアとは別の声が聞こえたかと思うと、僕の体が砂浜から離れた。
あ…あれ、この腕って…。
シルヴィの…。
「…え……あ…あの…?」
「この浜辺の側に、市場があるはずなの。そこまで行けば、ゆっくり休めそうな場所もあると思うから、行きましょう、エリシア」
「はーい! ねぇシルヴィ! エリシアもジル抱っこしたいー!」
「そう? じゃあ、任せるわ」
そんなやり取りの後、僕の体はシルヴィからエリシアに手渡される。
「あ…あの、僕、自分で歩くから…」
「いいよー、海で頑張ってくれた分のお返しなんだから!」
「…いや…大丈夫だから、降ろして…エリシア」
「嫌」
「…!?」
女の子にお姫様抱っこをされながら運ばれるなんて、生き恥を晒すようなものだ。
それも、これから市場に行くっていうのに…!
「まぁまぁ、いいじゃないジル。折角エリシアが運んでくれるって言うんだし」
「シ…シルヴィまで…」
「にしてもジル、軽いねー。だから人間の姿の時全然力無いんだよー」
「…ド直球に痛いところ突かないで…」
結局この後、市場を抜け、町の宿屋に着くまでエリシアは僕を降ろしてくれなかった。
何人、何十人という人に笑われたことか…。
笑われるのとか馬鹿にされるのとかって、慣れていたはずなのに…。
何か今回は、いつもとは違った恥ずかしさがあった…。
「ジル、大丈夫? 顔真っ赤よ?」
「だいじょばないです…」
「まぁ、疲れたでしょうし、まだ昼過ぎだけど今日は休んで、明日からまた元気出して行きましょう」
「そだねー…エリシアも一日飛びっぱなしは疲れたよー…ジルほど大変なことはしてないけど」
一日中海の上を飛びながら魔物に襲われ続けてたんだっけ…?
そういえば、向こうの大陸を出発したのは夜が開ける前で、こっちの浜辺に半ば打ち上げられるように到着したのが朝方だったっけ…。
「この部屋は、ベッドは二つしかないみたいだから…」
「じゃあエリシア、ジルと寝るー!」
僕が腰かけていたベッドに、エリシアが飛んでくる。
「…わぁっ!?」
なんの「じゃあ」なのかわからない…!
「ジル、お疲れ様…すっごいかっこよかったよー…」
エリシアはベッドに横になった状態で、僕の腹に抱き付くと、そのまま一瞬で寝息を立て始めてしまった。
「はやっ…!」
「それだけ疲れてたのね…ふたりには、無理ばっかりさせてごめんなさい…私ももう少し、魔法をうまく使えるようにならないとね…」
「…シルヴィの治癒魔法のおかげで、あの海は渡れたようなものなんだし…そんなに気にしないでよ」
「でも、もう少しで今練習してる魔法のコツが掴めそうなの! そうしたらきっと、足手まといじゃなくなるから、見ていて!」
「…うん」
僕はシルヴィに小さく頷くと、腹からエリシアを引き剥がした。
…すっごい力だったんだけど…。
普通ドラゴンって人間の姿になったときも力の強さって少しは引き継がれるものなのかな…。
だとしたら、どうして僕は人間の姿の時こんなにひ弱なのか…。
そんなことを考えながら、僕は優しくエリシアに布団をかけてやる。
「ジルは、もう一つの寝台を使っていいわよ」
「シルヴィはどうするの?」
「私はもう少し経ってから、エリシアのベッドにお邪魔させてもらうから大丈夫よ」
「そっか…じゃあ…先に休ませてもらうね…」
もう…疲れて眠くて…頭がくらくらする。
ベッドの中に入り、横になると、凄まじい眠気の波が襲ってきて、僕は一瞬で眠りの世界に落ちていった。
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「さて…」
私は、エリシアもジルも眠ってしまった後、懐からジルから貰った貝殻と、革ひもを取り出す。
貝殻には、小さな穴が開いている。
革ひもを買った市場のおじさんが、親切に穴を空けてくれたのだ。
その穴に革ひもを通して結ぶと、自分の首にかけた。
「……」
私が生きてきたこの17年間…誰かに物を貰ったことなんか一度もなかったから、ジルがこれを私にくれたときはすごく驚いたし、すごく、嬉しかった。
ジルが眠っている寝台の方を見ると、ジルは幸せそうに布団を抱きしめながら眠っている。
「…ふふ、あの姿からは、魔物と戦っていた時の姿は想像がつかないわね」
魔物と戦っていた時のジルは、たまに情けない表情を見せるものの、大抵の場合冷静に敵の弱点を突いていたと思う。
そうじゃなかったら、ほとんど丸一日であの海を抜けられるはずがないもの。
ジルは、すごく強い。
それは、私を乗せてくれてたエリシアも言っていたことだった。
ドラゴンは、年齢に比例して体が大きくなっていき、鱗の硬さも変わるし、攻撃の強さも変わる。
ジルのドラゴンの姿の体は、まだエリシアよりも一回りぐらい小さくて、鱗も固くなりきっていない。
それも、普通の槍が鱗を破ってしまうぐらいに。
それなのに攻撃の強さだけは、もう800年近く生きているドラゴンと変わらないぐらいと、エリシアが言っていた。
そんな凄いことに、ジル自身は全く気付いていない。
きっとこれから、もっともっとジルは強くなるんだと思う。
そうしたら、私から離れて行っちゃうかしら。
置いて行かれないように…私も頑張らなくちゃ…。
そう決心してから、私はそっと部屋から出て、近くの森に向かった。
何度も何度も呪文を唱え、なかなか攻撃魔法が上手くいかないことにもどかしさを覚える。
私がもっと強くなれれば…二人にも無理させずに済むのに…
どうして出来ないの…。
気づけば宿屋を出てきたのは昼過ぎだったのに、もう既に辺りは暗くなっている。
…もう、今日は止めておこうかしら…。
そんな時、背後から低い声が聞こえた。
「力が入り過ぎだ」
「…! 誰!?」
声が聞こえたほうに目を凝らすと、そこには紺色の肩につくかつかないかぐらいの髪を後ろで雑に結わえた青年がたっていた。
「あんた、治癒魔法を主につかってるんだろ」
「…そうだけど…どうしてわかるの?」
「治癒の魔法が得意なやつに、殺傷力の高い魔法は向かねぇんだ」
「…それでも…私はできるようになりたいの。どうしても」
「そうかい。けど、一人で戦えるような才能ある魔導士は、仲間のために強くなりてぇなんて思って修行なんかしねぇんだよ」
「なによ、そんな風に私を馬鹿にするために出てきたってわけ? 余計なお世話よ」
「だからコツを教えてやるってんだ。あんた一人で戦うつもりじゃねぇんだろ?」
…なんのつもり…?
初対面なのに話し方はぶっきらぼうだし、急に魔法を教えてやるなんて言われて、ほいほい着いていくわけないじゃない…。
私が質問に答えないのがわかると、その男は手を前に向け、私がさっきまでやろうとしていた魔法の詠唱を始めた。
だらしない立ち姿に、私は呆れる。
…そんなんで、魔法がまともに扱えるのかしら…。
だが次の瞬間、私が何度魔法をぶつけてもびくともしなかった木が、大きな音を立ててへし折れたのだ。
「…え…」
「力抜けや。見るのは相手の隙だ。遠くから、正確に狙え。威力なんか、二の次で十分だ」
「…あなた…一体何者なの…?」
「気になるんなら、ギルド本部に来な。俺の気分がよくて、疲れてもなくて、仕事もなかったら教えてやるよ」
…条件が自分本位過ぎて、教えてもらえる気がしないわ…。
私がそんな風に思っている隙に、男はけだるそうに何か魔法の詠唱をはじめ、それが終わると男の姿はどこにもなかった。
…転移魔法を…軽々と…。
ギルド本部には、元々行くつもりだったし、もしもまた会えたら、その時に教わろう…。
そう思ってから、私は最後に一度だけ、肩の力を抜いて、男が倒していった木の側に生えている、もう一本の木を見つめながら、詠唱をして、魔法を放つ。
すると、今までとは明らかに違う、どんっという音とともに、木が少しえぐれた。
……あの人…全くのでたらめ言ってたわけじゃなかったんだ…。
そのあと、私はなんだか釈然としない心持ちで宿屋への帰路についた。
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