ヘタレドラゴンは変わりたい
海でシルヴィとエリシアと遊んだ日の夜、僕はドラゴンの姿で明かり代わりの焚き火の横に丸くなっていた。
人間の姿の服がずぶ濡れで気持ち悪かったというのもあるけど、この海の近くは随分と気温も湿度もが高いみたいで、正直過ごしやすくはなかった。
ドラゴンになると、暑さも寒さも、あんまり感じなくなるから便利だ。
そう思いながら、僕は僕の爪よりも小さな水色の貝殻を見つめる。
…これ、いつシルヴィに渡そうか。
こんなの貰っても、嬉しくないかな…。
いや、物は嬉しいかもしれないけど、僕が渡すことで嬉しさが半減しそうだ…。
どうしよう…。
「ジル?」
振り返ってみると、シルヴィがこっちに歩いてきている。
『どうかした…?』
「うん、エリシアはもう疲れて寝ちゃったみたいだから、ちょっと話したいことがあるの。いい?」
シルヴィが僕のすぐ横に腰を下ろす。
『うん…何かあったの?』
「あなたの事についてよ、ジル」
『僕…? 何かやらかしてた…?』
「違うわ。そうじゃなくて、ねぇ、ジル。あなた、今日ブレスを使ってたわよね?」
『ブレス…?』
「そう。青白い炎を、口から吐いてたでしょ?」
『そういえば、そんな事もしたっけ…』
「あれ、いつの間にできるようになってたの?」
いつの間に、と聞かれても、ちゃんとやってみようと思ったのは今日が初めてだし、成功したのも勿論今日が初めてだ。
『うーん…口から火が出るっていうのは、三日ぐらい前にため息をついたらちょっと出たから気づいたんだけど…試してみたのは今日が初めてだよ』
「そう…じゃあ、何か特別な事があった訳じゃないのね」
『え、あの…あれってドラゴンにとって普通じゃないの…?』
「ファイアドラゴンにとっては普通なの。エリシアが言ってる火竜にとってはね。でも、ジルはスノードラゴンのはず…。スノードラゴンのブレスは炎じゃなくて粉雪とか冷気とかのはずなんだけど…」
『…僕は何故か火を吹いちゃったと…』
「そう…。炎魔法も効かないみたいだし、エリシアもあなたがドラゴンの姿に戻ったとき、尻尾が赤いのに気づいて驚いてたわよね。そんな色のドラゴンは見たことがないって…。ジル、あなたって一体……」
一体…僕は何者なんだろうか。
そんなこと、シルヴィだけじゃなくて僕だって疑問だし知りたい。
だけどいくら考えたって、僕が何者なのか、教えてくれるようなドラゴンや人間は居ない。
そんな僕の横で、シルヴィが不意に首を横に振る。
「…ううん、ごめんね。あなたが何者かなんて、関係ないわね」
『え…シルヴィは怖く…ないの? 僕はそんなに異質なのに…』
「うん、ジルはジルだもの。どうしてなのか、気にはなるけど、怖くはないわ」
シルヴィの言葉に、僕は目を見開いた。
僕がもし、ドラゴンに化けた今まで見たこともない怪物だったら…シルヴィはそんな風に考えたりしないのか…。
こんな異質なドラゴンで、しかも僕はこんな性格だ。
もしシルヴィが僕を怖がって、嫌って、僕の側から居なくなったとしても仕方ないと思った。
それなのに…。
「だって、あなたと旅を始めてそんなに日は経ってないけど、楽しかったことばかりだもの。でも、いつか…旅を続けていたら、わかるといいな…あなたのことが」
『……』
「じゃあ、おやすみなさい。明日もよろしくね、ジル」
シルヴィは、僕を信じてくれる。
僕っていう、一匹の異質なドラゴンのことを。
僕は、今は何にも得意なことなんかなくて、根暗で、冴えなくて、ダメダメなドラゴンだけど…。
いつかきっと…
自分に自信を付けて、
強くなって、
前向きになって、
女の子とも気軽に話せるようになって、
ゴミ箱とかを投げつけられないような…立派なドラゴンになりたい。
前世の自分から、変わりたい。
ちょっとずつでも、自分を見直しながら。
『…シルヴィ」
「…ジル…? 自分で人間の姿になれるようになったの!?」
…あれ…本当だ…。
気が付いたら僕の鱗に覆われた前足は、手に変わっていた。
前世の僕によく似たこの姿も、今の僕の一部だと思えば、そんなに嫌じゃないかもしれない。
「…あの…シルヴィ……」
「なに?」
「これ、貰ってくれないかな…」
僕はそっと、水色の貝殻をシルヴィに差し出す。
シルヴィは、不思議そうにそれを受け取った。
シルヴィと僕の手が、ちょっとだけ触れる。
変わりたいんなら…これぐらいで取り乱しちゃだめだ…!
「綺麗…」
「砂浜で拾ったんだ…。シルヴィの髪の色によく似てて綺麗だったから…その…」
そこまで言って、気づく。
僕…言ってること気持ち悪くないか…?
「あ…あの…! 違うんだ、僕はシルヴィのことを卑猥な目で見てるとかそんなことじゃなくて…! ただその…シルヴィが喜ぶかなって……い…要らなかったら捨てていいから…!」
結果的に取り乱して空回る。
決意した矢先にひどい有様じゃないか…。
「ありがとう、ジル。大切にするわ」
段々とよどんできた僕の心情を、洗い流すかのようにシルヴィは綺麗な笑顔を僕に向けた。
「え…え…っと…本当にそれ、貰ってくれるの…?」
「なによ、くれるっていうの嘘だったの?」
「ち…違うよ!」
「なら、ありがたく貰っておくわ。この貝殻、とっても綺麗だもの。一目で気に入っちゃった」
「…あ…良かった…」
「じゃあ、また明日ね、ジル」
「う…うん!」
声が随分と裏返ったけど、それも気にならないくらいに嬉しい。
明日からも頑張ろう。
前世の弱虫な僕におさらばするために…!
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夜明けとと共に、ドラゴンの悲鳴が広大な海の上を飾る白み始めた空に響き渡る。
『や…やっぱり僕には無理だよー!!』
そんな風に情けなく叫ぶドラゴンは、もちろんこの僕、ジルだ。
「ジル! 頑張って!」
僕よりもはるか上空には、赤いドラゴンが水色の髪の少女を乗せて飛んでいる。
『エリシアも、下が水じゃなかったら闘うんだけど…』
「さすがにファイアドラゴンが海に落ちたら死んじゃうものね」
と、いうことで、僕は今、一匹で巨大なタコのような魔物と戦っていた。
横合いから魔物の触手で叩かれ、後ろ足を掴まれたかと思うと、海の中に引きずり込まれる。
水の中で目を開けると、黄色い目が二つ、僕を睨んでいるのが見えた。
ぐにゃぐにゃと動く触手が一斉に伸びたかと思うと、魔物は、360度鋭い牙で縁取られた丸い口を開けた。
…あんなのに飲み込まれたら、いくら僕の鱗が固くなってきたとはいえ、ひとたまりもない。
…さあ、どうしよう…。
後ろ足は掴まれたままだし、息もそろそろ限界…。
もちろん、助けも望めない。
…と、なると…。
僕は、一か八か、昨日習得した人化をする。
すると、魔物が掴んでいた足が簡単に引き抜ける。
そしてすぐにまたドラゴンの姿に。
次の瞬間、迫ってきた触手に僕はめいっぱい噛みつく。
そして力をこめれば、魔物の体は凍り付き始め、3秒もしないうちに完全に動かなくなった。
その後すぐに、僕は氷を魔物ごと砕いた。
…やった…けど……息がもたない…死ぬ…死ぬ…!
僕は全速力で、海の水面を目指し、顔を突き出した。
やっと、酸素が体の中に入ってくる。
あ…危なかった…。
これでもかってぐらい、海水飲んじゃったけど…とりあえず、生きてて良かった…。
なんとも無様な勝ち方だ…。
やっぱり何しても、僕はかっこつかない…。
『ジル! だいじょぶー!?』
そんなエリシアの声が聞こえ、僕は少しせき込みながらも海から飛び立った。
『だ…大丈夫…5リットルぐらい海水飲んだけど…』
『うわぁ…しょっぱそう…』
「ジル、また他の魔物が来てるわ!」
『ちょ…ちょっと休憩させて…』
「出発前に言ってあったでしょ! 海には大陸の上と違って魔物を弾く結界がないから覚悟しておいてって!」
『こ…こんなに居ると思わないよ…。今ので37体目…』
「細かいこと言ってないで、頑張って! 男でしょ!」
『は…はい…!!』
巨大タコの次は、海藻にまみれた一つ目の巨大な怪物か…。
デカいし怖いし疲れたし、体はずぶ濡れだし…もう嫌だ、体を丸めて眠りたい…。
やっぱり僕は僕で、変わるなんて無理かもしれない…。
そうして決意を固めた次の日にして、僕は挫折を味わったのだった。
読んでくださって本当にありがとうございます!
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