旅に戻るその前に
海に向かって歩く僕とシルヴィの前方に、鼻歌を歌いながら歩くエリシアの姿がある。
…すごく幼く見えるんだけど…エリシアは僕よりも全然年上で、彼女曰く80歳そこそこなのだそうだ。
ドラゴンの平均寿命が900~1000年というのを聞けば、確かに子供っぽいのは納得できた。
逆に生まれて1週間と少しの僕が何故こんなに子供らしい可愛さもなく、どうしようもなく冴えない性格をしているかと言うと、それはお解りの通り、ひとえに前世の記憶のせいだ。
「ねぇねぇ、ジルー! シルヴィー! 海が見えてきたよ!」
元気のいいエリシアの声に視線を前に向けてみれば、白い砂浜の向こう、きらきらと水色に輝く広大な海が広がっていた。
「わぁ!」
僕の隣で、シルヴィが瞳を輝かせる。
シルヴィは本当に、綺麗なものや風景が好きなようだ。
すごく、女の子っぽい。
「ジル、行こう!」
シルヴィはそんな風に言うと僕の手を取って海へと走り出した。
「早く早く!」
「そうだよジルー! 早く遊ぼう!」
二人に急かされて、砂浜に入ると、沢山の貝殻が散らばっているのが見えた。
シルヴィの手が僕の腕から離れ、シルヴィはエリシアの側に駆けていく。
…ああいうのも、シルヴィが好きそうだ…。
どれか、拾ってみようかな。
そんなふうに思って二人から離れた時、シルヴィの叫び声が聞こえた。
驚いて二人の方を振り返った僕は、絶対に見てはいけないものを見た気がして、首がもげるんじゃないかと思うような速度で顔を元の向きに戻した。
「エリシア! こんなところで脱いじゃダメ!」
「えー? なんで? 水に入るんでしょ?」
「そうだけどダメなものはダメなの!」
「人間って難しいよー…」
「どうせエリシアの服は人化の一部なんだし、濡れても大丈夫でしょ? そのまま入ったら?」
「うーんまぁ、そっかぁ。シルヴィはどうするの?」
「私は足だけつけて楽しむわ。」
二人のそんなやり取りの間、僕は先程見てしまったエリシアの全く何も纏っていない背中を思い出さないように綺麗そうな貝殻を拾っていた。
…エリシアがこっち向いてなくてよかった…。
こっちを向いてたらもう僕の眼球は機能しなくなっていたこと間違えなしだ。
…あれ…?
この貝…。
僕がその目についた貝を拾い上げた瞬間、後ろからすごい勢いで押された。
「ジール!!」
その声を聴いた直後、僕は頭から砂に突っ込んだ。
「ぶふっ…!」
す…砂が…鼻に…!!
「あ…あれ、ごめんジル…まさかそんな派手に転んじゃうなんて…。だいじょぶ?」
「う…うん、なんとか…。どうかしたの、エリシア…」
「ジルも一緒に遊ぼうよ!」
「いや、僕は…水に入るより、こうして砂浜で貝とか拾ってた方がいいから…」
「いいから早く早くー! 折角の海なんだから!」
「ちょ…ちょっと…!?」
エリシアは僕の手を強く引っ張って海の方へと駆け出した。
ぐいぐいと引っ張られながら、僕は拾った貝を懐にしまい込み、仕方なくエリシアに続く。
エリシアはそのまま止まることなく海に突っ込んだ。
当然僕も服を着たままで海の中に突っ込んだ。
服が張り付いて気持ち悪い…。
「あはは、ドラゴンの姿だとこんなことしたら死んじゃうけど、人間の姿は便利だよね!」
「え…? エリシア、水が苦手なの?」
「苦手どころの騒ぎじゃないよ、いっぱい水がかかったら火竜は死んじゃうからね。ジルが火に弱いのと一緒でしょ?」
「…僕は……火が苦手…なのかな?」
「ん? ジル、自分の弱点わかんないの? 氷竜なら、弱点は炎なはずだよ?」
「けど僕…炎魔法を受けても、全然大丈夫だったんだ…」
「え…またまたぁ、そんな氷竜がいるなんて、聞いたことないよ。氷竜の一族の族長でも火は苦手なんだから!」
「そう…なんだ…」
じゃあ…僕は一体…?
それに、僕はどうして、ドラゴンなのに竜の里じゃなく人間が多く住む場所で生まれたんだろう…。
わからないことだらけだ。
「でもでも、なんでかはわかんないけど、ジルには不思議な力があるのかもねっ! 見たところ生まれてそんなに日もたってなさそうなのにエリシアよりも大人っぽいし、200歳を超えてる雷竜も追い払っちゃうし!」
「不思議な…力…? 僕にそんなの…あるわけ……」
「まぁ、何にしても! エリシアは助けてくれたジルのことだーい好きだからね!」
海の中で、そんな風にエリシアは僕に飛びついた。
とりあえず、何度も好き好きと言われて幻聴ではないとわかってきたものの、エリシアの好きは、きっと恋愛感情とかそういう感じではなくて、助けられた感謝から生まれる好きなのだろう。
偶然に偶然が重なってあの場に居合わせた僕が、まぐれで雷竜を追い払えただけなんだけど…。
きっと、あの場に他のドラゴンが居合わせたりしたら、僕はそのドラゴンに任せて逃げていたかもしれないし…。
そう思うと、こんな風に好意を寄せられてもなんだか複雑な気分だ。
「あ…あの…エリシア…ちょっと離れて…」
エリシアの純粋無垢な可愛らしい笑顔のすぐそばに、僕みたいな冴えない奴が居ていいはずがない。
「どーして? エリシアはこんなにジルがすきなのにー…。もしかしてジル、エリシアが嫌い?」
「そ…そうじゃなくて…!」
「随分と楽しそうね?」
振り返ると、僕とエリシアをじっと見下ろしているシルヴィが居る。
いつもは長い水色の髪を後ろで一つに束ねているだけだが、今は海の水につかないようにか、高い位置で綺麗にまとめ上げている。
「し…シルヴィ…」
「シルヴィも一緒に遊ぼう! 水の中、気持ちいいよー!」
「私は足だけで十分。それよりエリシア、ちょっとあっちの方に行ってみない? 魚が沢山いたの!」
「本当!? 行く行く! 魚なら今日のご飯にできるね!」
「うん、そうね」
バシャバシャと水を跳ね上げながら楽しそうに走っていくエリシアの後ろに続いて、シルヴィも僕に背を向ける。
ずぶ濡れで海の中、一人で取り残される僕の方を、シルヴィは一度だけ振り向いて、小さく僕に笑いかけた。
…もしかして…僕が困ってたのを助けてくれた…とか?
シルヴィの本当の意図は、僕にはわからなかったけど、とりあえず海から出ようと立ち上がる。
ザバーっと僕の服から海水が流れ落ち、それとともに先程拾った綺麗な水色をした貝殻が海の中に落ちた。
あ…。
よかった、浅くて…。
深かったらこれ、失くしちゃうところだった。
その貝殻を拾い上げながら、僕は無意識に、シルヴィの後ろ姿を見ていた。
読んでくださって本当にありがとうございます!
これからもどうぞ宜しくお願い致します。
次回はほのぼのな雰囲気から急展開…するかもです…。




