幻覚と幻聴と
あれ…なんだろう…。
声が聞こえる……。
聞き慣れた…この声は、シルヴィ…?
声の主を探すかのように、僕は目を開けた。
寝ぼけ眼で、目の前がぼやける。
腕で目をこすってみると、目の前の景色にピントがあってくる。
「…あ…あれ…」
僕の目の前に居るのは…シルヴィ…?
心配そうな顔で、僕を見てる。
僕は…どうしたんだっけ…。
「ジル…! 良かった、窒息して死んじゃったかと思った…」
窒息…?
あぁ、そうか…。
そういえば僕、赤いドラゴンの下敷きになって…それで…?
そういえば、気絶する前まではドラゴンの姿だったのに、今は人間の姿に変わっている。
シルヴィが姿を変えておいてくれたみたいだ…。
「ほら、あなたは謝って」
シルヴィがそんな風に言うと、まだ寝転がったままの僕に、長く、軽くウェーブのかかった赤い髪を二つに結わえた少女が近づいてきた。
「本当にごめんね、エリシアったらつい抱きついちゃって…」
「えっ…と…君は…あのドラゴン…なの?」
僕は驚きながらも上半身を起こす。
確かに、赤い髪に、金色の瞳でドラゴンの姿の面影はあるものの…こんな可愛らしい女の子だったとは…。
ドラゴンの姿でも女性だというのはなんとなく分かったんだけど、もっと大人っぽいドラゴンだと思っていた。
「うん、そう! 助けてくれてありがとう、ジル! 」
「あ…え……いえ…どういたしまして…。どうして…僕の名前を?」
「シルヴィに聞いたの!」
にっこりと笑った少女の笑顔は幼く、可愛らしかった。
それに彼女の人間の姿のスタイルはとてもよくて…出る所はちゃんと出ている。
って…僕はどこを見てしまったんだ…!?
最低だ…!
ナメクジのくせにもやしのくせに…!
女の子をそんな目で見るなんて……!!
「うん! やっぱりすっごくかっこいい!!」
「…へ……?」
「エリシア、ジルが好きー!」
「……!?」
そんな言葉とともに、気がついたら起こした上半身がまた地面に叩きつけられていた。
赤い髪の少女、エリシアが、勢いよく抱きついてきたのだ。
ぎゅっと抱きしめられて、身動きができない…!
しかも…胸の辺りに温かく柔らかい感触…。
だが次の瞬間、もっと信じられないことが起こる。
赤い髪の少女の整った可愛らしい顔が至近距離で見えたかと思うと、僕の右頬に、柔らかい感触があり、チュッと言う音が耳に入った。
………へ…………!?
もう僕の脳はキャパオーバーで、正直何が起こったのかわからない。
い…今のって……!?
「ちょっと! ストップ!!」
そんなシルヴィの声とともに、僕に抱きついていた少女が引き剥がされる。
「えぇー、どうして?」
「どうしてじゃないわよ! いきなりジルに抱きついたりして!」
「だってジル、かっこいいよ?」
「そういうこと言ってるんじゃないの!」
「えー…じゃあどういうこと…?」
そんな二人のやり取りも耳に入らないぐらい、僕は静かに取り乱していた。
…好きって…どういう意味だったっけ…。
死ねの間違えじゃなくて…?
ぼ…僕が、女の子に…抱きつかれるなんて…。
いや、シルヴィが抱きついてきてたことはあったけど、あれは寝ていたからであって、意図的じゃない。
なんてことだ…こんなこと、天と地がひっくり返ってまた元に戻ったとしてもありえない。
だとすると、夢?
いや、夢にしては出来すぎている。
じゃあ、幻覚?幻聴?
僕は疲れてるのか…。
……頬に……まだ、柔らかい感触が残ってる。
感覚まで麻痺してるみたいだ。
その感覚を思い出すだけで、顔がどんどん熱くなる。
顔どころか、耳までも熱い。
「って…あれ…ジル? 大丈夫!?」
シルヴィが僕に声をかける頃には、僕は地面に丸まり、両手で顔を覆い隠した状態から動けなくなっていた。
「だ…大丈夫…ちょっと、幻覚と幻聴と発熱と目眩がするだけで…」
「ダメじゃないそれ…ちょっと待ってね」
シルヴィの声が聞こえて、少しすると、僕の体にふわりと優しく布が掛けられた。
…なんて優しいんだ……。
「ジルは、聞けるだけ聞いててね」
「うん…本当にごめん…」
シルヴィの声に、僕は顔を上げずにそう答えた。
こんな状態で、顔を上げるわけにも行かなかったのだ。
「それで、あなた名前は?」
「エリシア=ストレイン! 竜の里から来たんだ。ここからずーっとあっちにあるの!」
「あのサンダードラゴンと一緒に来たの?」
「サンダードラゴン…? あぁ、雷竜のことだね。違うよ、あいつはエリシアを追いかけてきたの」
エリシアがいった雷竜とは、僕が対峙したドラゴンのことだろう。
あれに追いかけられるって…一体…。
「どうして?」
そこでタイミングよくシルヴィの質問が入る。
「エリシアが、人間に会いたいって里を飛び出したから」
「…異端者っていうのは、そういうことだったの…」
「うん、里の皆は人間をすごく嫌ってて、絶対に人里に降りちゃダメっていうの。でもおかしいよね、そんなの! シルヴィみたいに、親切に怪我を治してくれたりする人間もいるのに!」
「けど…確かにドラゴンを狩ろうとする人間も沢山いるわ。だからきっと、そう言っているのね…」
「わかってるけど…それでもエリシアは、人間の世界を見に来たかったの。ねぇ、ジルとシルヴィは、ドラゴンと人間なのにお友達なの?」
エリシアは、そうシルヴィに問いかけた。
僕が…シルヴィの友達?
それはちょっと、おこがまし過ぎやしないか…。
だってそれは、雑草と友達って言っているようなものだ。
なのに、シルヴィはすぐにエリシアの質問に答えた。
「そうよ。私とジルは、一緒に旅をしてるの」
「どうして?」
「私は、世界中の困ってる人間やドラゴンを助けて回るのが夢だったのよ。それでジルにも付き合ってもらってるの」
「それ、すっごい素敵だよ! ねぇ、エリシアも仲間に入れてもらえないかな…」
「そう言うと思ってた。ねぇ、ジル。聞いてた?」
そんなシルヴィの声に、僕はもぞもぞと起き上がる。
まだ顔に上り詰めた熱は消えてはいないし、その熱のせいか目眩もするけど、何となく二人のことを全く見ずに返事するのも悪い気がして、僕は顔の下半分をシルヴィから貰った布で覆いながら小さく頷いた。
「うん、ちゃんと聞いてた…」
「私はエリシアはいい子そうだし、一緒に来てもいいと思うんだけど、ジルはどう?」
「えっと…僕なんかがそんなこと決めるのはおこがましいと思うんだけど……僕も、仲間は多いほうがいいと思う…」
僕がそういうと、シルヴィは小さく頷いて笑う。
「じゃあ、決まりね! これから宜しくね、エリシア」
シルヴィがそうエリシアに笑いかけると、エリシアは驚いたように目をぱちくりとさせてから、心底嬉しそうな表情でシルヴィに抱きついた。
「ありがとう!! シルヴィー! こちらこそよろしくね!」
エリシアに抱きつかれたシルヴィは、驚いてよろけるが、少し嬉しそうに微笑む。
良かった…シルヴィとエリシアは仲良くなれそうだ。
女の子同士、気が合うところもあるだろうし、僕とふたりだった頃よりもきっとシルヴィは過ごしやすくなるだろう。
僕はそんなシルヴィとエリシアを見て、少し嬉しくなった。
だが、その矢先、エリシアは
「あ」
と、声を上げる。
そしてシルヴィから離れて、僕に駆け寄ってくる。
…なんだか嫌な予感……。
「ジルもありがとうー! 大好き!」
エリシアはそう声を上げながら僕に思いっきり抱きつく。
「うわぁぁ!?」
今度は後ろに倒れず、何とか受け止められたが、引いてきていた熱がまた顔に集中してくる。
…こ…こんなんじゃ体がもたない…!!
「ちょっと! それ止めなさいー!!」
そんなシルヴィの声が森の中に響く。
…これからは、波乱の予感だ。
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