家族
私の目の前には数人の人間の亡骸、否、既にバケモノと化していた人間の亡骸が転がっていた。
ほかの皆が敵を倒し終わり、閉まった格子の先へと進めないかと思案している間に、私はただ、物思いに浸っていた。
ここまで、とても長かった。
私の家族全員を葬り去った神に、復讐を。
そう決めたのは、いつの事だっただろうと思うくらいに、長かった。
やっと、私の家族全員を、安らかな眠りにつかせることが出来た。
だが、結局未だ、敵である神自身は伐てていない。
けれどそれは、ジルくんに任せるのが最善になのではないかと、身勝手にも思っている。
私のような半端な魔力しか持っていないものでは、敵わないのだろうということに薄々気づいていた。
それに…目の前に転がる、見知った顔の亡骸を見ていると、体から力が抜けてくる。
強い怒りと憎しみで決意を固めたはずが、いまや悲しみが勝ってしまっているのだ。
…本当に、私は一人になってしまったのか…。
分かっていたことのはずが、今、強く実感させられた。
私は…これからどうするのだろう。
ジルくんたちが神を討てなければそれまで。
死があるのみだが、もし、ジルくんたちが神を討つことだできたら…?
憎しみや怒りのみで動いていた私に、その先の未来を生きる意味があるのだろうかと、そう思ってしまうのだ。
…勝っても、負けても、これが最後だと…そう、思った方が気が楽だ。
ならばせめて、私にいつも付き従ってくれたマアヤやレニアのことは、この命にかえても守ってみせよう。
私は冷たい母の頬を手の甲で一撫ですると、立ち上がる。
…これが、私と母との別れだ。
意図せず、私の瞳から、一粒の涙がこぼれ落ちた。
それを拭うと、平然と私は皆の方を振り返った。
するとそこでは、レニアが小さな体を利用して格子の内側に手を伸ばし、格子を上げようと試みていた。
それを、私は遠くから見ていた。
あの格子は、私の空間魔法を遮断するような術が施されているようだ。
私には、何もしてやることが出来ない。
傍観していた私に、人の輪から外れたマアヤが歩み寄ってきた。
「…落ち込んでいますね、ヴィッタ様」
「私でも落ち込むことくらいあるさ」
「…それは、失礼しました。いつもヴィッタ馬鹿みたいに気丈でしたので」
「…今毒を吐かれるのは結構くるな」
「…ヴィッタ様の御家族を、ヴィッタ様は救うことが出来たではありませんか」
「…私には、攻撃をされ、体を砕かれることがその者の救いになっているとは、どうしても思えないよ」
マアヤは、そう言葉を紡いだ私をじっと見つめる。
「…けれど、その方法でしか、救うことが出来なかったでしょう」
「…そうだね。救えたかどうかは別として、私は私で、やるべき事をやった…。実感すると、一人になるというのも寂しいものだね」
マアヤは相も変わらず無表情で、私を見つめた。
結構長いこと一緒に居るが、未だにマアヤの考えていることがわからないことが多々ある。
だが、その時に考えていることがわからなくとも、マアヤが私を慕ってくれていることはわかっていた。
それだけわかれば充分だと、そう思っていた。
「…ヴィッタ様は、ご自分が一人になったと、そう思っているのですか」
「…?」
マアヤの声は、いつも通りに無機質で、しかし何か、いつもと違うような気がして私は顔を上げた。
すると、目が合ったマアヤはいつになく不機嫌そうな表情をしていた。
「…」
「……」
きゅっと口をへの字に結んで、マアヤは何も言わずにこちらを見ている。
正直私には、マアヤが何に怒っているのか全くわからなかった。
少しの沈黙のあと、マアヤは小さく口を開いた。
「…ヴィッタ様は、1人ではないではありませんか」
「…え……」
「ヴィッタ様は、落ちこぼれだった私を、ギルドに誘ってくださいました。魔法の鍛錬にも何度も付き合っていただきましたし、帰る場所もなかった私に居場所を与えてくださいました」
相変わらず無表情で、無機質な声だが…マアヤのこんなに訴えかけてくるような口調は初めてだった。
「…私だけじゃなく、レニアの事も。ヴィッタ様は何回殴られても蹴られても、取り上げておいた拳銃をレニアが見つけ出してきて撃たれても、全く怒りもせずに心を開かせました。」
…マアヤの言葉を聞いて、二人に出会った頃のことを思い出す。
あの頃は、私は復讐のことしか考えていなかった。
マアヤやレニアをギルドに招いたのは、正直言って味方が欲しかったからだ。
治癒魔法しか使えない、偏った魔力を持ったマアヤと、性格に難はあるが子供ながらに並外れた戦闘能力を持ったレニア。
初めは、その二人の能力が欲しかった。
ただそれだけだった。
しかし今はどうだろう。
能力だけで見れば、もっと強い人間も居た。
ジルくんなどは、そのいい例だ。
だけど私は、ジルくんの能力を欲しいとは思わなかった。
それは私の復讐しようという気持ちが薄れたのか…いや、違う。
私には仲間ができたのだ。
仲間と戦うことの楽しさを知ったのだ。
それを知ったからこそ、私はもう、能力だけで見方を選ぼうとはしなくなった。
…あぁ、そうか。
マアヤの訴えかけるような口調は…。
私はこちらをじっと見つめるマアヤに近づくと、マアヤの頭に手を置いた。
「…私やレニアは、ヴィッタ様のことを家族だと思っています」
「…そうだ、私は一人ではなかったね」
「忘れていたのですか」
「ごめん」
「…思い出してくれたなら、それでいいです。」
マアヤは静かな声でそう言うと、格子の方に視線を向けた。
「ヴィッタ様、あれ、壊せますよね」
「…そうだなぁ…力技になると思うけど」
「それ以外やりようがないです。元気を取り戻したなら、あれ、ぶっ壊してください」
「…人使い荒いなぁ」
私はそう言葉を返しながらも、笑みをこぼした。
こんな状況が楽しいわけではない。
ただ、いつも通りの調子のマアヤに、安心した。
私は壁の一部に手をかざす。
そして力を込めれば、その壁の周りの空間がぐにゃりと曲がり、壁に亀裂が走る。
その亀裂は円形に繋がると、分厚い石でできた壁が丸く切り抜かれた。
それを一度、空間の狭間にしまう。
そして、格子の前で格子を壊そうとあれこれ思案している皆に声をかけた。
「皆、少しどいてくれるかい」
私のその言葉に、皆は驚いたような表情をする。
そして、すぐに場所を空けてくれた。
そんな中、レニアが少し心配そうにこちらを見ているのが見えた。
私はそんなレニアににこりと笑いかける。
そして、格子の目の前に先程切り抜いた石の壁を空間の狭間から取り出して出現させると、格子に岩の壁を叩きつけた。
岩の壁が崩れ落ちたあと、その場には不自然に曲がった、人ひとりが通れそうな格子が姿を現した。
「さぁて、進もうか」
私のその声に、皆はハッとしたように動き出した。
「初めからそれをして下されば良かったのに」
いつの間にか近づいてきていたマアヤは、そんなふうに無表情で言う。
「そこは素直にお礼とか言えないのかい?」
「勝手に一人ぼっちになったと落ち込んでいた罰です」
「手厳しいな」
苦笑いしながら一歩を踏み出した私の横にレニアが駆け寄ってくる。
特に何を言うわけでもなく、私をじっと見上げている。
そんなレニアに、私は歩き出しながら声をかけた。
「心配をかけてすまない。もう大丈夫だよ」
「…」
レニアはそういった私の顔を見て、安心したように小さく笑った。
そして、私の少し後ろを歩き始める。
…こんな所で止まっているわけにはいかないし、こんな所で死ぬわけにもいかない。
悲劇の後にそう思えるのは、私に信頼出来る仲間がいたからだった。
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