ソフィアの気持ち
頭の中が恐怖でいっぱいになった。
どうしよう、どうしようと、考えていても仕方がないのにそればかりが浮かんでくる。
エリシアの膝の上でぐったりとしているゼアスさんを見て、エリシアは必死で考えた。
でも、エリシアに出来ることは何も見当たらない。
「急いで…マアヤさんのとこに連れて行かなきゃ…」
エリシアはそう呟きながらゼアスさんを担ぎ上げようとする。
ゼアスさんの体を持ち上げることは出来たものの、ゼアスさんの背中には深い傷があり、動かしたことで気を失っているゼアスさんからうめき声がもれた。
これじゃ余計に運んでる間に弱っちゃう…!
エリシアはゼアスをそっと地面に下ろしてから、オロオロと視線をさ迷わせた。
どうしよう…何か、エリシアに出来ることはないの!?
何か…何か…!!
だけど考えれば考えるほど、何も頭に浮かばなくなってくる。
そうこうしているうちに、ゼアスさんの背中からは血が流れ出ていて、怪我とか病気とか、そういうものの知識はほとんど持っていないエリシアでも、このままではまずいということが分かる。
エリシアは自分の無力さに腹が立って、情けなくて、気がついたら瞳から涙がこぼれ落ちていた。
「どうしよう…どうしよう…」
エリシアの口から、情けない声がこぼれ落ちる。
『どうして…?』
エリシアとゼアスさんを見下ろしたドラゴンの姿のソフィアは、小さくそう呟いた。
『どうして、その人間はドラゴンであるあなたを庇うの? ドラゴンに攻撃的ではない人間が居たとしても、ドラゴンを人間が庇うだなんて…』
信じられないというようにソフィアは倒れているゼアスさんを見つめていた。
「……だから…」
『…え?』
掠れて、うまく声が出ないけど、それでもエリシアは声を絞り出した。
「エリシアとゼアスさんは…仲間…だから…!」
『人間と…ドラゴンが?』
「ゼアスさんはエリシアやジルがドラゴンだってわかった後も、それより前と同じように接してくれたの! 一緒にいっぱいお仕事もして、いっぱい色んな事喋って、そんな中でも、ゼアスさんは一度もエリシアたちをドラゴンだからって差別しなかった…!」
『どうしてエリシアは、人間と関わろうとするの?』
ソフィアは、今までの怒りと憎しみの表情とは打って変わって、切なそうな声色でそうエリシアに聞いた。
どうしてって…その答えは…。
一個しかない。
「エリシアが、人間が大好きだから」
ソフィアは、エリシアの言葉で目を見開いた。
そして、頭をゆっくりとエリシアたちの方に近づけた。
エリシアは一瞬ソフィアがこちらを攻撃してくるのかと思ってゼアスさんを守ろうとしたけど、そんな必要は無かったみたいだ。
ソフィアの体を眩い光が包み、その光がゼアスさんにも移る。
そして、その光に包まれたゼアスさんの体にある傷は、みるみるうちに癒えていった。
ゼアスさんの荒かった息も、元通りになる。
「…ソフィア…?」
どうして突然ソフィアがゼアスさんの怪我を治したのか、エリシアには理解出来なかった。
恐る恐るソフィアの名前を呼べば、ソフィアは小さく呟いた。
『あの子も、そうだったのかもしれないと思って…』
それは、ソフィアの子も、っていう意味だろうか。
エリシアは、ソフィアの子のことはあまりよく知らなかった。
知っているのは、エリシアと同じくらいの歳だということくらいだ。
『あの子は、殺されてしまった時とは別に、一度人里の近くの山まで降りたことがあったの。その時は、私も一緒で…。そこで、人間の小さな子供と出会った』
「…山の中に、一人でいたの?」
『迷子だったみたい。その子供とあの子はすぐに仲良くなった。もしかしたら、もう一度あの子供に会いたかったのかもしれない』
ソフィアはそう言うと、人間へと姿を変えた。
そして、エリシアを見つめると歩み寄ってきた。
そのソフィアの表情から、エリシアはソフィアが考えていることを読み取ることが出来なかった。
近づいてくるソフィアから、ゼアスさんを守るように抱き抱える。
けれど、その必要はなかったみたいだ。
ソフィアはじっとこちらを見つめてから、小さく頭を下げた。
「ごめんなさい、エリシア。ドラゴンも皆が皆違う考え方をしているように、人間も一概に同じと決めつけてはいけないのに…私は…。自分を見失って、あなたを手にかけようと…」
「…」
ソフィアのひどく後悔したような口調と声色に、エリシアは目を瞬いた。
なんて、声をかけたらいいんだろう…。
大丈夫だとか、気にしてないだとか、そんな言葉をかけるべきじゃない気がして、エリシアは少し考える。
そして思いついたのは、ソフィアの謝罪の言葉とは、あまり関係のない言葉だった。
「エリシアの周りにいる人たちは、皆すごくいい人達だよ」
「…え…?」
顔を上げたソフィアとめが会い、エリシアはニッコリと微笑んでみせた。
「ギルドのみんなも、ゼアスさんもシルヴィも、みんなすっごくいい人なんだよ! 最初は人間のことを信じられないかもしれないけど、でもギルドのみんなのことは、信じても大丈夫だから」
エリシアの言葉に、ソフィアは拍子抜けしたような表情をする。
もっと咎められると思っていたのかもしれないけど、エリシアはそんなつもりはさらさらなかった。
大切な子供を亡くしたソフィアの気持ちも、少なからずわかっているつもりだから。
ソフィアの気持ちも、人間の気持ちもわかるからこそ、こんな争いは止めなくちゃいけないんだ…!
そう思いながら、エリシアはゼアスさんの背中の傷が塞がっているのを確認して背負いあげた。
背負ってもゼアスさんの足を地面に引きずってしまいそうなくらいの身長差があるが、エリシアはゼアスさんの体を意外と軽々と背負いあげることが出来た。
やっぱり、もとがドラゴンということもあってか、やはり普通の人間よりは力が強いようだ。
「よし、行こうソフィア!」
「…私を、また信じてくれるの…?」
「きっとわかってくれるって、ずっと信じてたよ。ソフィアのことは、エリシアは育てのお母さんみたいに思ってるから」
エリシアはそうおどけて笑うと、ゼアスさんをいちど背負い直してから歩き出した。
「さ、行こう! シルヴィとジルを助けに! 一緒に来てくれるよね、ソフィア!」
エリシアの言葉に、ソフィアは小さく頷いた。
そして、エリシアの横を、どこか吹っ切れたような表情で歩き出した。
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