この気持ちは
私はジルに背を向けて走り出した。
体のあちこちが痛み、一番傷の深い腹の痛みが増してくる。
だけど、こんな痛みに負けていられない。
ジルだって頑張ってくれてる…。
エリシアだって、ゼアスさんだってそう。
私だって、頑張らなくちゃ。
痛む腹を腰ひもで押さえつけるように結ぶと、私は浮遊魔法を使っているバケモノたちの横を通り過ぎ、ジルと一緒に滑り降りてきた通路を見上げた。
…始めに下りてきたとき、一瞬見えた小さな扉…そして、そこから聞こえた規則的な音…。
始めは何かと不思議に思っただけだったけど…もしかしたら…。
まさかとは思うけど、脈打っているようなあの音は…。
神の弱点が、そこにはあるかもしれない。
ジルが今は神を止めてくれているけど、もしジルが負けるようなことがあれば、ここに居る人間は全滅だ。
そうなる前に…早く…!
私は伸びあがって、意外と上の方にある通路に手を伸ばした。
「…っ…!」
体を伸ばしたことで、腹の怪我が痛む。
…う…こんなことで…止まってるわけにはいかないのに…!
私は一瞬手を引っ込めてもう一度腰ひもを強く腹に巻き付けた。
そして、もう一度伸びあがって手を伸ばすと、通路の入り口に手を引っかけて腕の力だけで体を通路の中へと引っ張り上げた。
そして、足を通路の中につくと、急な上り坂をほぼ四つん這いになりながら進み始めた。
…暗いし、狭い…。
来るときはあんなに楽だったのに…やっぱりのぼりとなると辛いわね…。
今のジルなら、こんな坂はぱっぱと上れちゃうのかしら…。
本当に、ジルは変わった。
別に悪い意味じゃないけれど。
力を取り戻したジルは、髪が一部分だけ黒くなって帰ってきた。
帰ってきたジルは、もはやドラゴンにならなくても普通の人間の恐らく誰よりも強くなっていた。
強くなったのにジルはジルのままで、少し安心して…。
でも、どんどん先に行ってしまうジルを見て少なからず不安は感じていた。
…もっと、私もジルに釣り合うような、強い魔導士になりたい。
釣り合うかはわからないけれど、私は私なりに、昔よりは強くなってきたつもりだ。
ここでジルの手助けができれば、それは釣り合っているということにならないだろうか。
自惚れでもいいから、そう思いたい。
私は天才じゃないし、努力してもきっと非凡の人には勝てない。
それでも、私はジルの側に居たいと願う。
…どうして、こんなにも一緒に居たいと思うのかしら…。
そう考えたとき、私の頭の中にはすぐには答えは浮かんでこなかった。
初めてできた友達だから…?
何度も一緒に苦難を乗り越えてきたから?
パーティメンバーだから?
どれも、少し違う気がする。
私はなんだか、ジルに対してだけ、他の誰とも違う特別な感情を持っているような気がしていた。
一緒に居ると心地よくて…それでいて、時々胸が苦しくなるような不思議な気持ち…。
もしかしたら…なんて、今は考えるのは止めておこう。
きっと、その答えにたどり着いたら、すぐにでも会いたくなってしまいそうだから。
私は、やっとの事で来る時に見た小さめな扉にたどり着いた。
小さめな扉の向こう側からは、規則的な音が聞こえてきた。
扉は木で打ち付けられているのか、固く閉ざされている。
私はそれに拳を叩きつけて破った。
そして、這いつくばればギリギリで入っていけるその扉の内側へと進み始めた。
その扉の内側は、少しの間だけ私がほぼほふく前進の様にならなければ通れないほどの狭い通路のようになっており、すぐに開けた場所に出る。
天井は高く、入口からしたら考えられないくらいに部屋の面積も広かった。
そして、その中央に、青緑色の光に包まれた何かが三つほど浮いていた。
一つは小さく、もう二つは結構大きい。
…この場所からでも、脈打つような音が聞こえてくるわ…。
あれは…心臓…?
私は意を決して一歩を踏み出した。
すると、部屋全体が一瞬赤く光る。
そして次の瞬間には、その光は消えていた。
「…?」
何かが起こるわけじゃない…?
もしかしたら、今の光で神が気づいたのかもしれない。
急がなくちゃ。
私は躊躇していた気持ちを振り切り、一気に足を進めた。
近くで見てみると、それはやはり脈打つ心臓だった。
どことも繋がっていないのに、脈打っているというのもおかしな話だが。
青緑色の光に見えていたものは、光ではなく透明な容器のようなものに入っている青緑色の液体が光を反射させていたようだ。
…これが…神の心臓…?
ギルドに神が襲撃をかけてきたときも、神は結構な深手を負っていたはずだけど、先程あったときにはぴんぴんしていたし、ジルからの的確な一撃を受けてもほとんど痛みを感じていないかのようにすぐに動き出していた。
そして、この小さな心臓のすぐそばでつながれている大き目な心臓は…。
きっと、人間のものではない。
ありえないことだけど、もしかしたら神はこの二つの心臓を使って自分の寿命を伸ばしているのかもしれない。
そう考えると、色々とつじつまが合った。
もし…これを破壊することでこの戦いに終止符を打てるのなら…。
そう思い、私は杖を腰ひもから抜いてぐっと握りしめ、魔法を放った。
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僕は、シルヴィが駆けて行ったあと、神に向き直った。
神は不自然に曲がった腕や首の向きを直すと、こちらに向けて笑う。
もう、この時点で人間には見えない。
ただのバケモノだった。
「僕がなんなのか、わからないというような顔をしているね」
そう、神は言う。
「…」
「僕はね。僕が操る人形たちと同じだよ。もうとっくの昔に死んでいる。普通の人間として、寿命というものに抗えずに」
「…どういう…こと…?」
死んでいるのなら、今立って、話している神は何なのか…。
「しかし僕は思った。僕のように素晴らしい能力を持っている人間が、そんなに簡単に死んでいいのかと」
素晴らしい…ねぇ…。
死んだものや、知能の高くないものを無理やりに操って、自分の利益になるようなことをさせ続ける…。
それを素晴らしいと思うのは、おそらくそれを使っている本人だけだろう。
「だから僕は考えた。自分が寿命でどんどんと弱っているのなら、心臓をえぐりだして他に生き物の心臓とつなぎ、生命力を吸い取ればいいのではないかと」
「…そんなこと、できるわけ…」
「これができてしまうのだ。僕はとある治癒魔法の使い手を殺して操り、僕自身の心臓と他の生き物の心臓をつなげることに成功した。僕自身の体の内部に僕の心臓が無くても、僕は生きていられるようになった。どんなに怪我をしても、死ぬことのない不死の体を手に入れた。この世界は、僕という素晴らしい存在を失わずに済んだのだ」
なんて傲慢…。
その治癒魔法の使い手のことも、そしてこの神に使われている他の生き物のことも何も考えていない。
自分だけが良ければいいと、そう公言しているようなものだ。
こんな奴が…人間の一番上に立っていたって言うのか…。
「言っている意味が分かるか? ジル=オルドランド。僕は死なないんだよ。どれだけ僕に対抗して力を使ってこようが、僕は死なない。君の体力が尽きて、僕の人形にされるのが目に見えている。だから諦めなよ。折角強い力を持っているのだから、僕も君をあまりバラバラにはしたくないのでね」
こんな状況で、僕が諦めるというとでも思っているんだろうか。
僕はとにかく、何をしに行ったのかわからないけれどシルヴィが戻って来るのを待つ。
それまで、絶対に死なない。
それが、シルヴィとの約束だ。
とにかく、こいつに噛まれないように立ち回らないと…。
僕が体に少し力を込めたとき、神はにやりと笑った。
「…あくまで戦うつもりなのか? それならすこしだけ、僕の話を聞かないか。君も気になっているんだろう? 白の教会のことに、君の母の死因」
「…っ……!!」
「あれは君が察している通りだ。君の母は、確かに君のせいで死んだんだよ」
神の口から飛び出した言葉に、僕は今頭の中になかった、僕の中での最悪な記憶を思い出した。
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