レニアの堪忍袋
結局あの質問が何を意図していたのか何も教えてもらえずに、僕は膨れ面で皆の後ろをついて行っていた。
すると、前の方を歩いていたシルヴィが、僕の隣にまで下がってきた。
「ジル、大丈夫? 腕とか疲れたら、私が代わるわよ」
シルヴィは、そう優しく僕に言う。
「ううん、大丈夫だよ。前に比べたら、ちょっとは力もついたみたいなんだ」
僕はそうシルヴィに笑い返した。
前は、足にも腕にも、鉛でもついているんじゃないかと思うくらいに全身が重かったけど、今は体がとても軽いし動かしやすい。
そのおかげで、ドラゴンの姿にならなくてもこうして皆と一緒に歩けているのだ。
…走るのはもってのほか、重い荷物は持てないし、歩くことですら遅れをとってたあの頃とは、いい意味で変われてよかったと思ってる。
「それならいいんだけど。そういえば、どうして左側の通路に決まったの?」
シルヴィは不思議そうに僕に聞いてくる。
「え…? えぇ…っと…」
あの決め方を言ってもいいんだろうか。
なんか本当に、よくわからない決め方だったけど…。
「…?」
口ごもった僕に、シルヴィは不思議そうな視線を向ける。
「僕もどう決めたのかはわからないんだ…ただ、ヴィッタさんに、ヴィッタさんとシルヴィどっちがいいって聞かれて」
「…?」
「それで…シルヴィがいいって言ったら、左の通路に…」
僕の言葉を聞いたシルヴィが、ぽんと何か思いついたかのように手を叩く。
「もしかしたら、私が左の通路を選んで、ヴィッタさんが右の通路を選んでたから、私の方を選んだから左の通路に決まったのかも」
…あ、そういうことだったのか…。
それならそうと、ヴィッタさんも説明してくれればいいのに人が悪い。
『私とシルヴィちゃん、どっちがいい?』
だなんて、そんなふうに聞かれたってわかりっこないじゃないか…。
「左の通路はまだ全然奥の方を調べられていなかったから、正直気になってたのよ。ジルが私を選んでくれてよかったわ」
シルヴィはにこにこしながらそう言う。
そのシルヴィ表情が見とれる程に可憐で、僕は一瞬言葉を失った。
……シルヴィを選んでよかった…。
いや、こんなこと思ってても僕は変態なわけじゃない。
むしろ正常なほうだと思う。
うん。
「あー、シルヴィずるーい! エリシアもジルとおしゃべりしたいー!」
話に乱入してこようとしたエリシアに、レニアの鋭いツッコミが入る。
「おいお前ら…ここが何なのか分かってるのか!?」
「声が大きいよレニア、うるさい〜」
「…お前の声だって大きかっただろ!」
「えー、レニアの方がおっきいよ、怒鳴ったじゃん。レニアって怒りんぼだよね」
もう完全にレニアがおちょくられているような状態だ。
誰のことでも簡単に手玉にとっておちょくったりからかったりてきるエリシアは、正直にすごいと思う。
そしてそんなエリシアに勝らずとも劣らないヴィッタと、勝っているランディットさんは化け物並だとも思った。
この三人には色々と反論してもからかわれる気しかしない。
とりあえず、このまま行くとレニアの堪忍袋の緒が切れる…というか最早袋ごとずったずたに切り裂かれそうなので、僕は止めに入ることにした。
「エリシア、あんまりそうやって煽らないほうが…」
「…馬鹿にしてるのか?」
「別に馬鹿にしてないよ、思ったこと言ってるだけ!」
「エリシアそれ逆効果…」
レニアはエリシアを睨むと、銃に手を伸ばす…!
かと思いきや、大きく深呼吸をしたかと思うと、ぷいっとエリシアから顔を背けて先に歩いていってしまった。
…思ったよりレニアは大人だったみたいだ。
「…」
エリシアはその時、背を向けて去っていくレニアのことを見ていた。
「…エリシア?」
「残念、ちょっとは心開いてくれるかなぁって思ったのに」
「…心を開くどこか怒り心頭だよ…」
そんなやり取りをしている間に、僕達は通路が一度途切れている場所までやっとのことで戻ってきた。
途切れた通路の淵まで行き、下を見下ろすと、そこは元々床があったみたいだが、今は攻撃か何かを受けて突き破られてしまったようだ。
途切れた通路の横の壁は無く、外と繋がっていて吹き晒しの状態な上に、地面もそこが抜けているとなると、なかなかここを通過するのは難しそうだ…。
そう思っている僕の横で、エリンさんも下をのぞき込む。
そして、
「シルヴィちゃんの魔法、すっごい破壊力でした…」
と呟くようにいう。
「!?」
それを聞いた瞬間、僕は驚いてばっとシルヴィの方に視線を向けた。
すると、シルヴィは苦笑いする。
「ちょっとあの時は必死で…。まさか床まで壊して外に放り出されそうになるなんて思わなくて…」
シルヴィの言葉に血の気が引く。
…なんて危ないことしてるんだ…。
外の景色を見たところでは、ここは雲よりも高い場所にあるということは確かだ。
そして、風を受けてわかったけど、気温も結構低い。
「ここから放り出されでもしたら、人間だったら命はないよね…」
「そうね、人間は飛べないもの。でもその時は、ジルが助けてくれるでしょ?」
シルヴィはにこっと笑いながら、少し冗談めかしていう。
その言葉に僕は、しっかりと頷いた。
「その時は、絶対助けるよ」
「ふふ、ありがとう」
シルヴィが冗談でそんなふうに言ったのはわかってるけど、僕はつい真面目に答えてしまっていた。
絶対に、シルヴィや他の仲間達を、僕は失いたくなかったからだ。
その時、僕の横を何かが駆け抜けた。
そして、これは通路の途切れた部分を飛び越えると、向こう側に着地した。
「…!?」
向こう側に着地したのは、レニアだった。
流石の身軽さだけど…少々身軽すぎる気がしないでもない。
それを見て、僕の横にいたエリンさんもなにか呪文を唱える。
そしてすぐに地面を蹴ると、余裕で向こう側に跳んで渡ってしまった。
…正直あのふたりは身軽すぎる…。
凡人に出来る技じゃない。
「これで、後の方はヴィッタさんが運べますですか!?」
そう向こう側からエリンさんが聞く。
「うーん、そうだな、もう一人くらい渡っちゃってほしいんだけど…」
そう言いながらヴィッタさんは僕に試験を向ける。
「む…無理ですよ。僕今ドラゴンの姿になれないですし、普通に考えてわかりません…?」
「挑戦することも大事だよ」
「挑戦して落っこちたら万事休すでしょ…」
「ノリ悪いなぁ」
「…ノリで死んだら洒落になりませんから」
ゴミ箱の角が頭にぶつかって死んだやつがよく言う、と言われたらそこまでだが。
「じゃあ、エリシアが先に渡るね!」
僕の後ろで、エリシアはそう元気に手をあげる。
「っていうか、そっか、皆エリシアに乗っていけばいいよ」
「でも、かなり風強いわよ? 煽られたりしない?」
「大丈夫大丈夫! 一人くらい落っことしちゃうかもしれないけど、渡りきれるよ!」
「それ大丈夫じゃないから…!!」
「冗談だよ〜、流石に誰も落っこさないってば! ジルもシルヴィも心配性だなぁ」
全然冗談に聞こえなかったのは気のせい…?
エリシアの姿が光に包まれ、赤い鱗に包まれたドラゴンが現れる。
そして、エリシアは見た目に似合わない可愛らしい声で言った。
『さ、乗って乗って!』
と。
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