第99話 王が眠る
王家罪状公表の日、アシュレイ陛下は広場に立った。
王宮前の大広場。
貴族、修復師、神官、商人、騎士、巡礼者、フロレアから来た代表、無花者の子どもたち。
多くの人が集まっていた。
壇上には、古い戴冠花冠が置かれている。
黒鱗に覆われ、夜明け竜胆の花粉を受け、仮婚約の光の一部を戻した花冠。
王家の罪を公表する象徴として。
私とリディア様、イオ、カッサは補助席にいた。ノア様は近衛を率い、セレスティア様と候補者たちは本人宣言の証人として並んでいる。
アシュレイ陛下は草案ではなく、自分の声で語った。
「私は、眠ることを恐れてきた」
広場が静まる。
彼は続ける。
眠ると記憶を奪うこと。
その呪いが先代王の戦争利用に由来すること。
王妃エリシアが止めようとしたこと。
花冠院と貴族院が記録を隠したこと。
フロレアで無花者が排除されてきたこと。
言葉は重かった。
人々の表情には、怒り、困惑、恐れ、悲しみが浮かぶ。
それでいい。
すぐに許される話ではない。
すぐに清められる罪でもない。
アシュレイ陛下は最後に言った。
「王は、眠りも罪も一人で抱える器ではない。私は今日から、王冠を輪の中心ではなく、輪の一部へ戻す」
その瞬間、戴冠花冠の黒鱗が震えた。
嫌な音がした。
リディア様が叫ぶ。
「眠りの逆流です!」
公表によって、隠されていた記憶が一気に動いた。
広場の人々の誓約花が揺れる。
戴冠花冠の黒鱗が開く。
森で弱まった封印が、王都まで届く。
アシュレイ陛下の体が傾いた。
「陛下!」
私は走った。
彼は壇上で膝をつき、必死に目を開けている。
だが眠りは、これまでで最も強かった。
逃げれば、また一人に集まる。
止めれば、また鎖になる。
だから、眠るしかない。
「一人で眠らないでください」
私は白い誓約花を掲げた。
リディア様が保留糸を展開し、カッサがフロレアの花紐を結ぶ。イオが記録官たちへ指示を飛ばす。候補者たちは自分の花を持ち上げ、フィオナが祈りではなく記録の言葉を唱える。
トマが空白の冠を掲げた。
広場の人々も、少しずつ自分の花を掲げる。
花ある者。
花なき者。
壊れた花を持つ者。
喪花を持つ者。
布花を持つ者。
輪ができる。
アシュレイ陛下は私を見た。
恐怖がある。
それでも、逃げていない。
「ミラ」
「はい」
「戻る」
「待っています」
彼は目を閉じた。
王が眠った。
十年、拒み続けた眠りに落ちた。
その瞬間、広場から小さな悲鳴が上がる。
誰かの記憶が、少しずつ引かれ始めた。
私の胸にも冷たい手が入る。
母の声。
白い花。
陛下の名。
奪われる。
白い誓約花が強く光った。
一人に集めない。
私は叫んだ。
「花を下ろさないで! 覚えていたいものの名前を、声に出してください!」
広場に声が生まれた。
母の名。
子の名。
故郷の名。
失いたくない朝の名。
記憶が、声によって花へ繋ぎ止められる。
それでも、眠りは強い。
アシュレイ陛下は深く眠っている。
戴冠花冠の黒鱗が、次々に開いていく。
この眠りは、次の朝へ進むためのものだ。
でも、その夜明けまでに、何かを失うかもしれない。
私は彼のそばで、白い花を握りしめた。
王が眠る。
王国全体が、その夢の入口に立たされた。




