第98話 本当の選択
仮婚約解消の知らせは、王宮を大きく揺らした。
貴族院は勝手に意味をつけた。
王が下級修復師を切った。
白い誓約花は候補資格として処理される。
王妃選定は元の形へ戻る。
どれも違った。
けれど、噂は事実より早い。
私は第三修復室へ戻り、扉を閉めた。
机の上には保留箱が並んでいる。
仮婚約解消の痛みも、ここに置けたら楽だろうか。
でも今回は置かなかった。
痛いまま、胸に置く。
これは、逃げる痛みではない。
選べるようになった痛みだ。
夕方、候補者たちが第三修復室へ来た。
八人全員。
部屋が狭い。
メイベルが棚を見て感心する。
「ここが噂の保留箱の部屋ですか。思ったより実用的ですね」
アリアナは真面目に箱の構造を見ている。
フィオナは小さく祈り、レティシアはクララの椅子を確認し、ユリアはおずおずと花を抱えていた。エレナは黒い喪花を窓辺に置く。
セレスティア様は当然のように一番奥の椅子へ座った。
「狭いわ」
「急に全員で来るからです」
「あなたが一人で痛そうにしているからでしょう」
反論できなかった。
候補者たちは、仮婚約解消の意味を確認しに来たのだという。
王から切られたのか。
正式候補になるのか。
修復師として残るのか。
私は正直に話した。
仮婚約は役目を終えたこと。
私は正式候補ではないこと。
王の眠り補助は個人依存から制度へ移すこと。
アシュレイ陛下を選びたい気持ちはあるが、今はまだ求婚でも婚約でもないこと。
最後を言う時、声が震えた。
セレスティア様が満足そうに頷く。
「よろしい。嘘をついていないわ」
メイベルが笑う。
「商談なら、条件未確定の優良案件ですね」
アリアナが真顔で言う。
「その例えはどうかと思う」
少し笑いが起きた。
ユリアが小さく言った。
「私、王妃にはなれないと思います。でも辞退する前に、家の借金を自分で整理したいです」
クララが続く。
「私は、予備ではない形で軍務伯家に残る方法を姉と話します」
レティシアが頷く。
「私も、勝つこと以外の役目を考える」
エレナは黒い喪花を見た。
「私は辞退します。領地再建は、メイベル様と交渉します」
メイベルが嬉しそうに帳面を出す。
候補者たちが、それぞれの本当の選択へ進み始めていた。
その中で、セレスティア様は私を見る。
「あなたも選びなさい。待つことを選ぶなら、待たされるのではなく、自分で待つのよ」
胸に響く言葉だった。
夜、アシュレイ陛下と王宮庭園で会った。
仮婚約者ではなくなってから、初めて二人きりに近い形で話す。
もちろん遠くにノア様がいる。
完全な二人きりではない。
それでも、空気が違った。
「候補者たちが来ました」
「何を言われた」
「待たされるのではなく、自分で待てと」
陛下は少し笑った。
「セレスティアらしい」
私は白い誓約花に触れた。
「私は、自分で待ちます」
陛下の表情が静かになる。
「私も、自分で整える。王としての責任も、眠りも、王妃選定も。君を選ぶ言葉を、逃げ道のない形で言わないために」
月明かりの下、花は白く光っている。
本当の選択は、甘いだけではない。
時間がかかる。
痛みもある。
制度も変えなければならない。
でも私は、その道を選んだ。
そして彼も、同じ道を選ぼうとしている。




