第95話 ヴァーン家の記録
セレスティア様の辞退は、ヴァーン公爵家の扉を開いた。
開いたというより、内側からひびが入った。
メイベルが提出した不正融資記録。
公爵夫人の婚姻花証言。
候補者本人宣言への圧力。
ユリアの叔父への資金提供。
それらは別々の問題に見えた。
だが、王宮記録官と商都伯家の会計士が照合すると、一つの線になった。
ヴァーン公爵は、王妃選定を利用して複数家門へ貸しを作り、貴族院内の発言権を強めようとしていた。
さらに、花冠院長オルドとも繋がっていた。
祝福花偽装事件の資金。
王妃候補花冠の再判定圧力。
私の資格停止案への署名準備。
公爵家の記録は、花冠院の不正と貴族院の圧力を結ぶ糸だった。
審問室で、ヴァーン公爵は笑った。
「政治とはそういうものだ」
悪びれない声。
セレスティア様は証言席に座っていた。
父と向き合う娘。
私は修復師席で、彼女の蕾を見守る。
公爵は続けた。
「王家が眠りの呪いを隠し、花冠院が記録を隠し、神殿が清めの名で黙る。私だけが悪いとでも?」
アシュレイ陛下が静かに答えた。
「誰もそうは言っていない」
「では」
「あなたの罪は、あなたの場所へ返す」
森で言った言葉と同じだった。
混ぜて逃がさない。
公爵の顔が歪む。
セレスティア様が口を開いた。
「お父様は、わたくしを愛しているとお思いですか」
突然の問いに、審問室が静まる。
公爵は眉をひそめた。
「当然だ」
「では、わたくしの蕾が何を守っていたか、ご存じですか」
「くだらん花の読みなど」
「ご存じないのですね」
短い言葉だった。
でも、公爵の胸へ深く刺さったように見えた。
セレスティア様は自分の蕾に触れる。
「この蕾は、わたくしを王妃にしないために閉じたのではありません。お父様の道具にならないために閉じました」
公爵は立ち上がりかける。
近衛が一歩出た。
「お父様。わたくしは家を捨てません。けれど、お父様が家そのものだという考えは捨てます」
夫人が後ろで小さく泣いた。
公爵の顔に、一瞬だけ何かがよぎった。
怒りではない。
恐れかもしれない。
自分の築いた檻が、自分だけを残して開いていく恐れ。
記録官が証拠を読み上げる。
融資偽装。
候補者圧力。
花冠院との不正連絡。
証人買収。
ひとつひとつが、公爵の場所へ返されていく。
メイベルは商業記録の矛盾を指摘し、アリアナは北方支援を人質に取られた家門の証言を提出した。フィオナは神殿への寄進名目で流れた資金を明らかにした。
候補者たちは、もはや王妃の椅子を争っていなかった。
制度の中で見えた歪みを、それぞれの得意な方法でほどいていた。
審問の最後、アシュレイ陛下は宣言した。
「ヴァーン公爵の貴族院議席を停止する。家門管理は一時評議へ移し、セレスティア・ヴァーンおよび公爵夫人の身柄と財産権を王宮保護下に置く」
公爵が叫ぶ。
「娘に家を奪わせるのか」
セレスティア様は立った。
「奪いません。直します」
その言葉は、私の胸にも響いた。
彼女はもう、誰かに修復されるだけの花ではない。
自分の家の壊れた花冠を、自分の手でほどこうとしている。
審問室を出る時、セレスティア様は私に言った。
「あなたの保留箱、少し貸していただける?」
「何を入れるのですか」
「父への怒りと、まだ捨てられない愛情」
私は頷いた。
「大きめの箱を用意します」
セレスティア様は、初めて声を出して笑った。




