第94話 セレスティアの辞退
王妃候補者本人宣言の公開日、セレスティア様は白いドレスを着ていた。
ヴァーン家の緑ではない。
王宮儀礼の金でもない。
何にも属さない、静かな白。
胸元には咲かない蕾。
閉じたまま、鮮やかに存在している。
候補者たちは大講堂に並んだ。
貴族院、神殿、花冠院暫定評議会、王宮記録官、各家の親族が見守る中、本人宣言が読み上げられる。
候補者は家門の代理ではなく本人である。
参加も撤回も本人が選べる。
花冠検分は本人の同意なく家門利用されない。
候補者への妨害は全候補者への攻撃と見なす。
読み上げが終わると、ヴァーン公爵が立った。
「この宣言は家門秩序を乱すものだ。候補者は家の代表として選ばれている。本人だけの意思で」
「本人だけの意思で王妃になるわけではありません」
セレスティア様が遮った。
講堂が静まる。
公爵の顔が冷たくなる。
「セレスティア」
「はい、お父様」
彼女は丁寧に返事をした。
そして、一歩前へ出る。
「わたくし、セレスティア・ヴァーンは、王妃候補を辞退いたします」
息をのむ音が、講堂に広がった。
分かっていたはずなのに、私の胸も大きく震えた。
辞退。
その言葉は、敗北のようにも聞こえる。
でも彼女の姿は、少しも負けていなかった。
公爵が怒鳴る。
「認めん!」
セレスティア様は父を見る。
「認めるかどうかは、お父様ではありません」
咲かない蕾が光る。
「わたくしは、王妃になりたくないのではありませんでした。お父様の王妃になりたくなかったのです」
講堂が凍る。
「陛下の隣に立つとは、家門の旗を王座へ差すことではありません。王の弱さを隠す布になることでもありません。わたくしはその役割を、父のために果たすつもりはありません」
公爵の顔が赤くなる。
「家を捨てる気か」
「いいえ」
セレスティア様の声は静かだった。
「家を、父一人のものにしないためです」
その時、客席から公爵夫人が立った。
彼女の手には、咲きすぎた婚約花の箱がある。
「私も証言します」
公爵が振り返る。
「お前まで」
夫人は震えていた。
それでも、箱を掲げた。
「ヴァーン家では、婚姻花が家門命令の道具として使われてきました。私は咲きすぎ、娘は閉じました。どちらも、家の健全な花ではありません」
講堂の空気が変わる。
セレスティア様の蕾が、ゆっくりと開きかけた。
完全には咲かない。
けれど花弁の端がほどけ、内側に小さな白い光が見えた。
彼女はそれを見下ろし、少しだけ笑った。
「今咲くのは違うわ」
蕾は、また静かに閉じた。
だが今度の閉じ方は違う。
押し込められた閉鎖ではなく、自分で選んだ保留。
アシュレイ陛下が立つ。
「セレスティア・ヴァーンの辞退を認める。家門への不利益処分を禁じる。本人宣言の保護対象とする」
公爵が何か言おうとした。
その前に、メイベルが商業書類を掲げる。
「ヴァーン家関連の不正融資記録も提出済みです」
アリアナが続ける。
「北方侯爵家も候補者本人宣言を支持します」
フィオナが祈願百合を掲げる。
「神殿候補として、本人意思を無視した婚姻誓約に祝福を与えません」
候補者たちが、セレスティア様の後ろに立った。
私はその光景を忘れないと思った。
恋敵でも、飾り花でもない。
自分の花を持つ人たち。
セレスティア様は私を見た。
「旅守り、役に立ったでしょう」
「はい」
「では、今度はわたくしが返してもらう番ね」
彼女の声は軽かった。
けれど目は少し潤んでいた。
咲かない蕾は、辞退という形で初めて自分の道を選んだ。




