第93話 真実で立つ王
アシュレイ陛下は、王家罪状公表の草案を書き直した。
以前の草案は、正確だった。
先代王の戦争利用。
共眠誓約の改変。
王妃エリシアの異議申立。
花冠院の記録隠蔽。
事実は並んでいた。
けれど、彼自身の言葉は少なかった。
王として必要な記録。
王としての謝罪。
王としての処分。
それだけでは足りないと、彼は言った。
「私は、真実を公表することで自分を守ろうとしていたのかもしれない」
書庫で、彼は草案を見つめていた。
「隠さない王であると示せば、責められても立てると思った」
「それは悪いことでは」
「悪くはない。だが、まだ硬い」
硬い。
その言葉は花に似合った。
硬すぎる花は折れやすい。
陛下は新しい紙を取り出した。
「民に向けて書く」
私はそばで記録補助をすることになった。
リディア様も、ノア様も、記録官もいる。
一人で書かない。
彼は最初の一文で長く迷った。
そして書いた。
私は、眠ることを恐れてきた。
その一文だけで、部屋の空気が変わった。
王家の罪状書ではなく、王自身の言葉になった。
私は、眠れば誰かの大切な記憶を奪うと知り、十年眠りを避けた。
だがその呪いは、先代王が竜の眠りと民の夢路を歪めた結果である。
私は被害者であると同時に、その歪んだ王冠を戴いてきた王である。
陛下の手は時々止まった。
そのたびに、ノア様が茶を置き、リディア様が資料を確認し、私は白い契約花を見た。
灰色の点は、まだ消えない。
私たちが互いを守るために嘘をついた危険の印として、そこにある。
陛下は次に、王妃について書いた。
王妃は王の弱さを隠す者ではない。
王の罪を清める器でもない。
王の隣で、王が見落とすものを指摘し、王とともに責任を分ける者である。
書き終えた時、私は息を止めていた。
それは、候補者たちへの言葉でもあり、私への言葉でもあった。
でも陛下は、私を見なかった。
見れば、私情になると思ったのかもしれない。
代わりに、彼は最後にこう書いた。
私は、真実で立つ。
それは強い王であるためではない。
弱さを隠すために誰かを花冠へ縛らないためである。
書庫が静まった。
ノア様が小さく言う。
「陛下らしいです」
陛下は苦笑した。
「褒めているのか」
「少し」
リディア様は涙をこらえるように目を伏せた。
私は草案を見ていた。
真実で立つ。
それは私にも必要なことだ。
代償を隠さない。
恋を隠し布にしない。
修復師としての判断を、王への想いで歪めない。
難しい。
でも、選ぶ価値がある。
翌日、この草案は候補者本人代表にも共有された。
セレスティア様は読み終えると、静かに言った。
「これなら、王妃になりたい人も、なりたくない人も、自分の答えを出せます」
その言葉に、候補者たちが頷いた。
王が真実で立つなら、候補者も真実で立てる。
そういう連鎖が、少しずつ始まっていた。
貴族院は反発するだろう。
ヴァーン公爵も黙っていない。
それでも、草案の最初の一文はもう消えない。
私は、眠ることを恐れてきた。
眠らない竜王が、自分の恐怖を王国へ差し出す準備を始めた。




