↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
90/120

第90話 王の限界

 アシュレイ陛下の限界は、朝議の最中に来た。


 王妃選定、花冠院再編、王家罪状公表、貴族院との折衝。


 それらが重なり、短い共眠補助だけでは足りなくなっていた。


 朝議の席で、陛下は貴族院議長の発言を聞いていた。


「王家の罪を公にする前に、王妃選定を完了すべきです。国民には安定の象徴が必要であり」


 安定。


 また便利な言葉だ。


 私は記録官席の後ろに控えていた。


 候補者花冠検分者として、必要な時だけ呼ばれる立場だ。だが今日は、陛下の顔色が気になって仕方がなかった。


 目の下の影が濃い。


 手元の文書を見ている時間が長い。


 眠気を押さえる時の、あのわずかな呼吸の乱れ。


 ノア様も気づいていた。


 だが朝議は止まらない。


 議長が続ける。


「また、王の睡眠に関する噂が広がっております。ここで強い王妃を迎え、王室の印象を」


 その時、アシュレイ陛下の手から文書が落ちた。


 紙が床に滑る。


 小さな音だった。


 しかし王座の間では、雷のように響いた。


 陛下のまぶたが落ちかける。


 眠りが、来た。


 ノア様が動く。


 私も同時に走った。


「陛下」


 王座の前で膝をつく。


 触れない。


 白い契約花を出す。


 だが貴族院議長が声を上げた。


「何をしている。王座の前で」


「共眠補助です」


 私は短く答えた。


 議場がざわめく。


 アシュレイ陛下は必死に目を開けようとしている。


「ミラ、ここでは」


「ここだからです」


 声が震えた。


 でも言った。


「隠して倒れる方が危険です」


 ノア様が議場へ向き直る。


「静粛に。王の医療補助を妨げる者は退廷させます」


 医療補助。


 その言い方が正しいのか分からない。


 でも、今は必要だった。


 リディア様が呼ばれ、保留糸を展開する。


 私は契約花を陛下の前に置く。


 浅い入口だけ。

 一人に集めない。

 議場にいる者たちの前で、眠りを敵にしない。


 アシュレイ陛下が息を吐いた。


 ほんの数秒、目を閉じる。


 白い花が淡く光る。


 私の記憶は奪われない。

 陛下の眠りは、花を通って薄く広がり、保留糸に受け止められる。


 議場の空気が変わった。


 恐怖ではなく、目撃。


 王が眠りに近づき、それでも誰も壊れなかった瞬間を、彼らは見た。


 数秒後、陛下は目を開けた。


 顔色は悪い。


 けれど倒れてはいない。


 彼は王座から立ち上がった。


「今見た通りだ」


 声は低いが、議場に届いた。


「私は眠りに問題を抱えている。隠してきた。隠したことで、さらに多くを歪めた」


 貴族院議長が青ざめる。


「陛下、今この場で」


「今この場で言う」


 陛下は遮った。


「王妃を迎えれば隠せる、という考えをここで終わらせる。王妃は王の弱さを隠す布ではない」


 私は息をのむ。


 候補者たちの花が、遠い場所で揺れた気がした。


「今日の朝議は中止する。次回、王の眠りと王家罪状公表を正式議題にする」


 そう言って、陛下は議場を出た。


 足取りは危うい。


 でも、逃げてはいなかった。


 廊下へ出ると、彼は壁に手をついた。


 私はそばに立つ。


「無理をしました」


「君もだ」


「はい」


 お互い様になってしまう。


 でも今日は、少し違う。


 彼は人前で眠りの入口を見せた。


 王の弱さを、隠すべき汚点ではなく、扱うべき事実として置いた。


 それは王妃選定の意味を根から変える一歩だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。