第83話 候補者たちの花
王妃候補たちの花は、家門の歴史を隠さなかった。
神殿大司祭の姪フィオナの花冠には、祈願百合が編まれていた。清らかで、白く、祈りの象徴とされる花。
だが根元には、小さな灰色の斑点があった。
「祈りに疑いが混じっています」
私が言うと、フィオナはほっとしたように笑った。
「やはり、出ますか」
「隠していないのですか」
「隠したかったです。でも、祈りに疑いがない人間を王妃にするのは危険だと思っています」
彼女は静かな人だった。
神殿に育てられ、王家の罪を神の名で清める役割を期待されている。けれど彼女自身は、清めるという言葉を疑っていた。
「罪は清めるより、覚えておく必要があるのではないでしょうか」
その言葉に、私は深く頷いた。
軍務伯家の双子、レティシアとクララは、対の花冠を持ってきた。
姉の冠には赤い勝利花。
妹の冠には白い追従花。
一目で歪みが分かる。
レティシアの花は燃えすぎ、クララの花は光を吸われている。
「姉が前へ出て、妹が支える。そういう家です」
レティシアはきっぱり言った。
クララは黙っている。
私は妹の花冠に触れた。
伝わってきたのは、羨望ではない。
怒りでもない。
空白。
自分が何を望んでよいか分からない人の、静かな空白。
「クララ様」
私は名前を呼んだ。
彼女はびくりとする。
「この花冠は、あなたの望みを持っていません」
付き添いの軍務伯が不快そうに動いた。
レティシアが先に言う。
「妹は控えめなのです」
「控えめな花と、望みを置く場所がない花は違います」
レティシアの顔が変わった。
クララは小さく息を吸う。
「私は」
声が細い。
でも、出た。
「王妃になりたいわけではありません。姉の予備として出されただけです」
室内が凍る。
軍務伯が叱責しようとした瞬間、レティシアが手を上げた。
「父上、黙って」
今度は軍務伯が固まった。
レティシアの勝利花が、赤く揺れる。
「私は、妹がそう思っていると知りませんでした」
「言えなかった」
クララの声は震えている。
「姉様が勝つことが家の誇りだから」
勝利花の炎が少し弱まった。
レティシアは初めて、妹の花冠を見た。
王妃選定の場で、姉妹が初めて互いの花を見る。
これは恋敵の争いではない。
家門が作った役割を、本人たちが見直す場だ。
最後に来た地方子爵家の未亡人エレナは、黒い喪花を持っていた。
王妃候補としては異例だ。
貴族院は、彼女を「慈悲深い大人の候補」として押しているらしい。だが花冠の黒は、喪だけではなかった。
触れると、冷たい疲労が流れ込む。
亡き夫への愛。
領地の借金。
再婚を政治の道具にされる諦め。
そして、小さな怒り。
「亡くなった方を忘れることが、次へ進むことではありません」
私が言うと、エレナは目を伏せた。
「王妃になれば、領地は救われます」
「あなたは救われますか」
彼女は答えなかった。
候補者たちの花は、美しく並ぶためのものではなかった。
それぞれの家、土地、制度が女性たちへ載せたものを語っていた。
夜、私は記録をまとめながら手を止めた。
王妃とは、何だろう。
王の隣に立つ人。
国の花冠に編み込まれる人。
家門の希望を背負わされる人。
そして、選べないまま選ばれる人。
アシュレイ陛下は、この中から誰かを選ぶのだろうか。
考えた瞬間、胸がぎゅっと痛んだ。
私は候補ではない。
でも痛い。
その痛みを、今はまだ保留箱に入れるしかなかった。




