第80話 花冠院長失脚
アシュレイ陛下の証言は、講堂の空気を変えた。
眠ると、誰かの大切な記憶を奪うこと。
十年、その恐怖から眠りを避けてきたこと。
先代王が竜の眠りを戦争利用し、共眠誓約を歪めたこと。
王妃エリシアが止めようとし、森で命を落としたこと。
陛下は、王家の罪を隠さなかった。
言葉の一つ一つが、白い講堂に落ちるたび、貴族院の監査官たちの顔色が変わっていく。
王が自ら王家の傷を開く。
それは、王を責めたい者にとっても扱いに困る行為だった。
なぜなら陛下は、責任から逃げていない。
「この件について、私は王家の記録を公開する準備を進める」
陛下は言った。
「同時に、花冠院による記録隠蔽、誓約花不正利用、地方技術の不当排除を調査する」
オルド院長が立ち上がる。
「王家の罪を花冠院へ押しつけるおつもりですか」
「違う」
陛下は即答した。
「王家の罪は王家が負う。花冠院の罪は花冠院が負う。貴族院の罪は貴族院が負う。混ぜて逃がさない」
その言葉に、講堂が静まり返った。
混ぜて逃がさない。
罪を一人に集めないことは、責任を曖昧にすることではない。
それぞれの場所へ返すことだ。
オルド院長は最後の札を切った。
「では、ミラ・リースの能力はどう説明なさる。壊れた花の感情を読むなど、危険な異能です。王家の呪いと結びついた彼女を、王のそばに置くことこそ」
「私の能力は危険です」
私は自分で言った。
院長が一瞬止まる。
「だから記録し、補助者を置き、使用条件を作ります。危険だから隠すのではなく、危険だから一人にしない」
リディア様が隣で頷く。
イオが記録板を持ち上げる。
パウルとニナが保留箱を示す。
カッサから託された保留糸の見本も、証拠台に置かれている。
私一人の力ではない。
もう、そう言える。
セレスティア様が候補者席から立った。
「王妃候補として証言します」
父であるヴァーン公爵が鋭く睨む。
それでも彼女は続けた。
「候補者花冠の再判定において、本人意思確認を省略する圧力がありました。わたくしの蕾が咲かないことも、家門に都合よく解釈されてきました」
胸元の蕾が光る。
咲かない。
でも、講堂の全員がその存在を見た。
「ミラ様は、わたくしの蕾を欠陥ではなく抵抗として読みました。その読みは、わたくし本人の意思と一致します」
ヴァーン公爵が低く言う。
「セレスティア」
「お父様。わたくしはまだ候補者です。発言資格はあります」
その声は震えていなかった。
オルド院長の逃げ道が、少しずつ閉じていく。
最後に提出されたのは、旧記録庫から救出された箱だった。
王妃記録の続き。
花冠院の封印糸再利用申請。
祝福花偽装式の内部照会。
ミラ・リース資格停止案の事前作成日。
日付は、森へ向かう前だった。
つまり、院長は最初から私を罪人にする準備をしていた。
王宮記録官が確認を終えると、講堂の空気が決定的に変わった。
アシュレイ陛下が宣言する。
「オルド・ガレイン。花冠院長職を即時停止する。身柄は王宮近衛が預かる。花冠院は暫定評議制へ移行し、リディア・エーヴェルト、王宮記録官、民間技術代表の監査を受ける」
オルド院長は何か言おうとした。
しかし入職誓約花が黒く震え、言葉を塞いだ。
花は最後まで、嘘を嫌った。
ノア様が院長の前に立つ。
「同行を」
院長は白い講堂を見回した。
誰も助けない。
彼が築いた白い壁は、彼自身を守らなかった。
連れていかれる背中を見ながら、私は息を吐いた。
勝った、とは思えなかった。
失われた記録がある。
傷ついた花がある。
王妃も母も戻らない。
それでも、閉じていた場所が一つ開いた。
アシュレイ陛下が私を見る。
眠らない目は疲れている。
でも、朝を知った目になっていた。
「ここからだ」
「はい」
花冠院長は失脚した。
けれど王国全体の誓約制度は、まだ壊れたままだ。
次に待つのは、王妃選定。
恋と制度と、選ぶ自由が正面からぶつかる場だった。




