第81話 王妃選定再開
花冠院長が失脚しても、王妃選定は止まらなかった。
むしろ貴族院は、待っていたかのように再開を宣言した。
王の眠り、王家の罪、花冠院の不正。
それらが公にされ始めた今こそ、王の隣に「正しい血筋」の王妃が必要だという理屈だった。
正しい血筋。
その言葉を聞いた瞬間、私はフロレアの無花者たちを思い出した。
花があるか。
家門があるか。
記録に名があるか。
人を信じるための証が、いつの間にか人を分けるための刃になる。
王宮の会議室には、王妃選定再開の文書が積まれていた。
アシュレイ陛下はそれを一枚ずつ読んでいる。寝ていないわけではない。森から戻って以来、彼は短い休息を取るようになった。完全な睡眠ではなく、リディア様の補助と契約花を使った浅い共眠の練習だ。
それでも疲労は濃い。
王家の罪を公表する準備と、花冠院再編と、王妃選定。
すべてが彼の前に戻ってきている。
「延期できませんか」
私が聞くと、ノア様が首を振った。
「貴族院は延期を王の不安定さの証拠にします。強行しても、延期しても、政治的には使われる」
「では」
アシュレイ陛下が文書を置く。
「利用される場を、こちらも利用する」
その目は眠らない竜王のものだった。
けれど以前より、少しだけ朝を知っている。
「王妃選定を、候補者の家門披露ではなく、誓約制度の公開検証に変える」
リディア様が頷いた。
「候補者花冠には、各家の婚姻観、忠誠観、家門誓約が出ます。歪みを可視化できます」
「候補者を利用することになりませんか」
私が言うと、陛下は私を見た。
「だから本人同意を条件にする」
セレスティア様の戦いが、ここで生きる。
候補者本人の意思確認。
形式だったものを、実質に変える。
午後、王妃候補たちへの説明会が開かれた。
集まったのは八人。
セレスティア・ヴァーン。
北方侯爵家のアリアナ。
商都伯家のメイベル。
神殿大司祭の姪フィオナ。
軍務伯家の双子の姉レティシアと妹クララ。
地方子爵家の未亡人エレナ。
そして、貴族院が急遽押し込んだ若い令嬢ユリア。
彼女たちは皆、美しい。
けれど花のように並べられた姿の奥に、それぞれ別の緊張があった。
私は修復師席に立った。
正式な候補ではない。
仮婚約者としても、修復師としても、奇妙な位置だ。
視線が刺さる。
だがセレスティア様がこちらを見て、ほんの少しだけ顎を上げた。
逃げないわよ。
そう言われた気がした。
アシュレイ陛下が候補者たちへ告げる。
「この選定は、王妃を家門で決める場ではない。本人の意思、誓約花の状態、王国の制度への理解を確認する場とする。参加の撤回は認める。撤回しても家門への不利益処分は行わない」
講堂がざわついた。
候補者ではなく、付き添いの親族たちが。
セレスティア様の父、ヴァーン公爵は冷たい顔で座っている。
アリアナの母は娘の腕を掴み、メイベルの兄は計算する目で周囲を見る。
候補者本人より、家門の方が動揺していた。
それだけで、この選定の歪みが見える。
陛下は続けた。
「ミラ・リースは、候補者ではない。王命特任修復師として、候補者花冠の状態を読む」
貴族院の席から不満の声が上がる。
私は背筋を伸ばした。
候補ではない。
でも、王の隣に立つ者として見られている。
その曖昧さが、私自身にも痛い。
説明会の最後に、セレスティア様が手を上げた。
「撤回は、いつまで認められますか」
陛下が答える。
「最後まで」
セレスティア様の蕾が、小さく震えた。
咲かない。
けれどその震えは、逃げ道を得た人のものだった。
王妃選定は再開された。
だがそれは、貴族院が望んだ形ではもうなかった。




