第79話 リディアの沈黙
アシュレイ陛下の証言の前に、リディア様が立った。
誰も予想していなかった。
私も、陛下も。
彼女は上級修復師の徽章を外し、審問卓に置いた。白い講堂に、小さな金属音が響く。
「王の証言の前に、花冠院側の沈黙を証言します」
オルド院長が鋭く睨む。
「リディア」
「院長。私は長く、あなたの命令に従ってきました」
声は震えている。
でも逃げていない。
「旧記録庫三番棚の閲覧制限。第三修復室への破損花の隔離。規格外技術の不採用。民間の保留糸技術の黙殺。私は直接命じたわけではありません。けれど、知っていました」
講堂が静まる。
リディア様は私の方を一瞬見た。
「ミラさんが第三修復室で壊れた花を読んでいることも、私は早くから知っていました。危険だと思った。利用されると思った。だから守るつもりで、彼女を下級のまま置きました」
胸が小さく痛んだ。
リディア様が私を遠ざけていた理由。
それは悪意だけではなかった。
でも、私の場所を狭くしていたのも事実だ。
「守ることと、閉じ込めることは違いました」
彼女は言った。
その言葉は、フロレアから森までの旅で、私たちが何度も向き合ったものだった。
「私は沈黙で花冠院を守った。結果として、壊れた花も、若い修復師も、地方の技術も見捨てた」
パウルとニナが俯く。
イオは涙をこらえて記録板を抱えていた。
リディア様は入職誓約花へ向き直る。
「私の入職誓約も読んでください」
「リディア様」
私は思わず声を出した。
彼女は微笑んだ。
「大丈夫。これは私の修復です」
彼女は自分で花に触れた。
白い花が震える。
黒筋の一部が、彼女の誓約へ伸びる。
映し出されたのは、若いリディア様が旧記録庫の前で立ち止まる姿だった。中から聞こえる王妃記録の異常反応。けれど彼女は、上司の「見るな」という命令に従って鍵を戻した。
次の記憶。
第三修復室へ送られる壊れた花冠。
彼女は箱を開け、花がまだ声を持っていることに気づく。だが「処理済み」と記録した。
さらに次。
民間職人から届いた保留糸の申請書。
彼女は興味を持った。
しかし院長が「非公式」と印を押し、彼女も反論しなかった。
講堂の空気が重くなる。
リディア様は花から手を離した。
顔は青白い。
でも、どこか軽くなっていた。
「以上です」
オルド院長が冷たく言う。
「自分の罪を認めるなら、あなたの証言能力も疑われる」
「疑ってください」
リディア様はまっすぐ返した。
「だから記録官を入れました。だから複数の花で確認します。私一人の正しさに頼らないために」
その言葉に、若い修復師たちの表情が変わった。
正しさを一人に集めない。
それは、眠りと同じだった。
アシュレイ陛下が静かに頷いた。
「証言を受理する」
貴族院の監査官が慌てる。
「陛下、まだ審問中で」
「私は証言者である前に、この国の王だ。だが今は王命で押し切らない。記録官、複数証言として保全せよ」
記録官が震えながら筆を走らせる。
リディア様は私の隣へ戻ってきた。
「ごめんなさい」
小さな声だった。
私はすぐ許すと言えなかった。
許すことも、急ぐものではない。
「保留します」
私が言うと、リディア様は一瞬驚き、そして泣きそうに笑った。
「はい」
それが今の私たちにできる、いちばん正直な修復だった。
次に、アシュレイ陛下が前へ出た。
眠らない竜王が、自分の眠りを語る番だった。




