第71話 王都からの密書
母の夢へ入る前に、鳥が落ちてきた。
本物の鳥ではない。
紙で折られた小さな白い鳥が、森の枝に引っかかり、羽を震わせていた。鳥の胸には、緑の糸が巻かれている。
セレスティアの旅守りと同じ色だった。
ノア様が素早く周囲を確認し、紙鳥を取る。
「王都からです」
封はない。
代わりに、小さな蕾の押し印がある。
咲かない蕾。
アシュレイ陛下が開いた。
紙には、整った文字で短く書かれていた。
花冠院が旧記録庫の焼却準備を進めています。
父は貴族院を動かし、王不在中の王妃選定再開を強行するつもりです。
若手修復師たちは記録の写しを退避中。
わたくしは候補者本人確認を盾に時間を稼ぎます。
森で得たものを、必ず持ち帰ってください。
最後に一文。
蕾はまだ咲きません。けれど、閉じたまま折れるつもりもありません。
私は胸が熱くなった。
セレスティア様は王都で戦っている。
王妃候補という檻の中で、咲かない蕾を武器にして。
陛下は密書を握りしめた。
「旧記録庫を焼く」
声が低い。
「オルド院長が、証拠を消すつもりです」
リディア様の顔が青ざめる。
旧記録庫には、王妃記録箱の続き、共眠誓約補修記録、花冠院の不正がある。
森で見つけたものだけでも大きい。
だが王都の記録が焼かれれば、過去と現在をつなぐ証拠が失われる。
「戻るべきです」
ノア様が言った。
「今なら、まだ間に合うかもしれません」
森の奥から、竜の寝息が響いた。
戻れ、と言うようにも。
進め、と言うようにも聞こえる。
アシュレイ陛下は目を閉じた。
眠らないためではない。
選ぶために。
「戻れば、森の答えは途中で失う」
「進めば、王都の記録が燃える」
ノア様の声は厳しい。
私たちは、どちらかを捨てる分岐に立たされている。
その時、トマが小さく言った。
「道、二つあるよ」
皆が彼を見る。
「森の奥に行く道と、王都へ早く戻る道。花がない道なら、たぶんつながってる」
カッサが目を細める。
「古い夢抜け道か」
「夢抜け道?」
「無花者が使っていた道だよ。花の誓約に引っかからず、眠りの浅い場所を抜ける。危ないから今は誰も使わない」
リディア様が古文書の写しを確認する。
「共眠誓約の道の一部かもしれません。王都と森を眠りで繋ぐ古い通路」
アシュレイ陛下がトマを見る。
「案内できるか」
トマは唇を噛んだ。
「途中までなら」
母親が彼を抱きしめる。
陛下はすぐに首を振った。
「無理は命じない」
トマはしばらく黙っていた。
そして、冠の空白に触れた。
「僕、花がないの嫌だった。でもそれで道が分かるなら、ちょっとだけ行く」
その言葉に、私は泣きそうになった。
誰かの欠落と呼ばれたものが、道になる。
フロレアで見た答えが、ここでも生きている。
「隊を分けましょう」
リディア様が言った。
「森の奥へ進む班と、王都へ戻る道を開く班」
ノア様がすぐ反対しかけた。
だが陛下が先に言う。
「一人で背負わないために、分ける」
その言葉で、場が決まった。
森の奥へは、アシュレイ陛下、私、リディア様。
夢抜け道の確認と王都への伝令は、ノア様、イオ、カッサ、トマ親子。
危険はある。
でも、全部を一か所に集めない。
密書を胸にしまい、陛下はセレスティアの名を呟いた。
「持ちこたえろ」
遠い王都で、咲かない蕾が閉じたまま戦っている。
私たちも進むしかない。




