第69話 森の試練
黒い花弁の道を進むと、森は一人ずつ夢を見せた。
最初はノア様だった。
道の先に、若い騎士たちの訓練場が現れる。まだ少年の面影を残したノア様が、王家の紋章の前で膝をついている。
命令に従うこと。
疑わないこと。
王の盾であること。
誓いの言葉が、花のように空中へ浮かぶ。
若いノア様は誇らしげだった。
今のノア様は、その姿を見て苦い顔をした。
「私は、考えないことを忠誠だと思っていた」
夢の中の教官が言う。
「盾は黙って立て。王の前で迷うな」
黒い花弁が、今のノア様の足元へ絡む。
迷わない騎士に戻れ、と誘っているようだった。
アシュレイ陛下が声をかけようとする。
ノア様は手で制した。
「これは私の仕事です」
彼は若い自分の前に立つ。
「迷え」
夢の訓練場が揺れた。
「王が間違う時、盾は王の前にも立つ。命令を疑うことは裏切りではない」
若いノア様がこちらを見る。
その胸元の忠誠花は、硬い赤から深い紅へ変わった。
夢がほどける。
ノア様は少し息を乱しながら戻った。
陛下が静かに言う。
「これからも迷え」
「御意。遠慮なく」
短いやり取りに、私は少し笑った。
次はリディア様だった。
花冠院の白い廊下。
若い彼女が、初めて上級修復師の徽章を受け取っている。周囲の拍手。正しい技術。正しい規格。正しい花だけを扱う誇り。
その廊下の端に、箱が積まれていた。
規格外。
不良。
破棄予定。
リディア様はそれを見ないようにしている。
今の彼女は目を閉じた。
「見なかったのです」
声が震える。
「知っていました。第三修復室に送られる花が、処分ではなく声を持っていることを。けれど、私は昇進したかった」
私は何も言えなかった。
リディア様は夢の中の自分へ歩み寄る。
「正しい技術だけでは足りません。正しさで見捨てた花を、もう一度見ます」
白い廊下に、灰色の保留糸が一本伸びた。
箱の中の花が、かすかに光る。
夢は静かに消えた。
イオの夢は、小さな部屋だった。
机の上に花冠院の入職案内。少女のイオが、きらきらした目でそれを見ている。
「王都の修復師になれば、みんなを助けられる」
その無邪気な声に、今のイオは泣きそうになった。
「助けるって、そんな簡単じゃなかった」
夢の少女は首を傾げる。
今のイオは膝をついた。
「でも、憧れたことは間違いじゃない。知らなかっただけ。これから知る」
入職案内の白い紙に、フロレアの保留糸の結びが書き加えられる。
夢がほどける。
森は私たちを順に試している。
記憶を奪うのではなく、記憶の中の未修復の場所を見せている。
痛い。
でも、必要な痛みだった。
次に黒い花弁が私の前で立ち上がった。
母の部屋が現れる。
小さな私。
壊れた婚約花。
母の青白い手。
胸が凍る。
アシュレイ陛下が私を見る。
「一緒に」
「はい」
私は頷いた。
今度は、一人で見ない。
夢の中の母が、私に笑いかけた。
壊れた花を持つ手は、震えていた。




