表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
55/84

第55話 大花冠祭

 大花冠祭の日、フロレアは花で埋まった。


 巡礼広場の中央に、巨大な輪が組まれている。木の骨組みに、帰願草、商業花、婚姻花、奉公花、祈願花、布花、乾花が結ばれていく。街中の花を一つの冠に編み、夕刻に聖堂の鐘とともに掲げる。


 王都の儀式花冠とは違う。


 整っていない。

 色も高さもばらばらだ。


 それでも、たくさんの生活が一つの輪になっている。


「美しいですね」


 私が言うと、リディア様が目を細めた。


「花冠院なら、まず規格外として半分外します」


「外さない方がいいです」


「ええ。私も今はそう思います」


 リディア様の声には、少しだけ苦さがあった。


 花冠院に長くいた彼女にとって、フロレアの技術は驚きであり、痛みでもあるのだろう。


 カッサは祭の責任者として忙しく動いていた。


 トマは子どもたちと一緒に布花を運び、リナは宿の商業花を結ぶ役を任されている。保留処理を受けた花も、端ではなく冠の見える場所に編み込まれた。


「無花者の冠も入れるのですか」


 ベルク官吏が不安そうに言った。


 カッサが杖で地面を叩く。


「入れる。文句があるなら、祭の花全部を自分で編み直しな」


 ベルクは黙った。


 この数日で、彼も少し変わった。


 善人になったわけではない。だが規則を盾にすれば済むと思っていた顔から、規則の向こうに人がいると知ってしまった顔になっている。


 アシュレイ陛下は広場の端で、人々の花を見ていた。


 身分を隠したまま。

 でも、彼を見る街の人々の目は、初日とは違う。


 王宮の誰かではなく、広場で話を聞いた人として認識されている。


「アシュ様」


 私は隣に立った。


「眠気は」


「ある」


「強いですか」


「祭が始まってから、少し」


 巨大な花冠の輪から、淡い光が上がっている。


 眠りを分ける古い誓約が、この祭にも名残を残しているのかもしれない。


「無理は」


「君にだけは言われたくない」


「お互い様ですね」


「そうだな」


 短い会話なのに、胸が少し温かい。


 喜びは完全ではない。

 けれど戻り始めている。


 夕刻、聖堂の鐘が鳴った。


 大花冠がゆっくり持ち上げられる。


 広場の人々が歌い始めた。


 古い方言の節で、すべては分からない。

 でも何度も繰り返される言葉があった。


 眠りをひとりに渡すな。

 夢を道へ返せ。


 共眠誓約の祈祷文と同じ響き。


 アシュレイ陛下の体がわずかに揺れた。


「陛下」


 私は思わず支えようとする。


 彼は踏みとどまった。


 だが、その目に深い眠気が差している。


 広場の花々が一斉に揺れた。


 白い帰願草。

 黄色い税印花。

 青い商業奉公花。

 灰色の保留糸。

 布花。

 乾花。


 花を持つ者も、持たない者の冠も、同じ輪の中で震えている。


 私は契約紙を取り出した。


 白い蕾が、今までにないほど強く光っている。


「これは」


 リディア様が駆け寄る。


「共眠誓約に反応しています」


 広場の歌が高くなる。


 陛下のまぶたが落ちかけた。


 ノア様が支える。


 私は叫んだ。


「歌を止めないでください!」


 自分でも驚いた。


 でも分かった。


 これは攻撃ではない。

 眠りを呼ぶ古い祈りだ。


 止めれば、眠りはまた陛下一人に集まる。


 歌い続ければ、分かれるかもしれない。


 広場の人々は戸惑いながらも歌い続けた。


 アシュレイ陛下は膝をついた。


 私は彼の前にしゃがむ。


「眠らないで、ではなく」


 言葉を探す。


 眠りを敵にしない。

 セレスティア様の助言が胸をよぎる。


「一人で眠らないでください」


 白い蕾が開きかけた。


 その瞬間、広場の巨大な花冠の中心に、黒い花が咲いた。


 竜鱗のような花弁。

 眠りを吸い込むような黒。


 歌が悲鳴に変わった。


 大花冠祭は、祝福の頂点で黒く裂けた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ