第55話 大花冠祭
大花冠祭の日、フロレアは花で埋まった。
巡礼広場の中央に、巨大な輪が組まれている。木の骨組みに、帰願草、商業花、婚姻花、奉公花、祈願花、布花、乾花が結ばれていく。街中の花を一つの冠に編み、夕刻に聖堂の鐘とともに掲げる。
王都の儀式花冠とは違う。
整っていない。
色も高さもばらばらだ。
それでも、たくさんの生活が一つの輪になっている。
「美しいですね」
私が言うと、リディア様が目を細めた。
「花冠院なら、まず規格外として半分外します」
「外さない方がいいです」
「ええ。私も今はそう思います」
リディア様の声には、少しだけ苦さがあった。
花冠院に長くいた彼女にとって、フロレアの技術は驚きであり、痛みでもあるのだろう。
カッサは祭の責任者として忙しく動いていた。
トマは子どもたちと一緒に布花を運び、リナは宿の商業花を結ぶ役を任されている。保留処理を受けた花も、端ではなく冠の見える場所に編み込まれた。
「無花者の冠も入れるのですか」
ベルク官吏が不安そうに言った。
カッサが杖で地面を叩く。
「入れる。文句があるなら、祭の花全部を自分で編み直しな」
ベルクは黙った。
この数日で、彼も少し変わった。
善人になったわけではない。だが規則を盾にすれば済むと思っていた顔から、規則の向こうに人がいると知ってしまった顔になっている。
アシュレイ陛下は広場の端で、人々の花を見ていた。
身分を隠したまま。
でも、彼を見る街の人々の目は、初日とは違う。
王宮の誰かではなく、広場で話を聞いた人として認識されている。
「アシュ様」
私は隣に立った。
「眠気は」
「ある」
「強いですか」
「祭が始まってから、少し」
巨大な花冠の輪から、淡い光が上がっている。
眠りを分ける古い誓約が、この祭にも名残を残しているのかもしれない。
「無理は」
「君にだけは言われたくない」
「お互い様ですね」
「そうだな」
短い会話なのに、胸が少し温かい。
喜びは完全ではない。
けれど戻り始めている。
夕刻、聖堂の鐘が鳴った。
大花冠がゆっくり持ち上げられる。
広場の人々が歌い始めた。
古い方言の節で、すべては分からない。
でも何度も繰り返される言葉があった。
眠りをひとりに渡すな。
夢を道へ返せ。
共眠誓約の祈祷文と同じ響き。
アシュレイ陛下の体がわずかに揺れた。
「陛下」
私は思わず支えようとする。
彼は踏みとどまった。
だが、その目に深い眠気が差している。
広場の花々が一斉に揺れた。
白い帰願草。
黄色い税印花。
青い商業奉公花。
灰色の保留糸。
布花。
乾花。
花を持つ者も、持たない者の冠も、同じ輪の中で震えている。
私は契約紙を取り出した。
白い蕾が、今までにないほど強く光っている。
「これは」
リディア様が駆け寄る。
「共眠誓約に反応しています」
広場の歌が高くなる。
陛下のまぶたが落ちかけた。
ノア様が支える。
私は叫んだ。
「歌を止めないでください!」
自分でも驚いた。
でも分かった。
これは攻撃ではない。
眠りを呼ぶ古い祈りだ。
止めれば、眠りはまた陛下一人に集まる。
歌い続ければ、分かれるかもしれない。
広場の人々は戸惑いながらも歌い続けた。
アシュレイ陛下は膝をついた。
私は彼の前にしゃがむ。
「眠らないで、ではなく」
言葉を探す。
眠りを敵にしない。
セレスティア様の助言が胸をよぎる。
「一人で眠らないでください」
白い蕾が開きかけた。
その瞬間、広場の巨大な花冠の中心に、黒い花が咲いた。
竜鱗のような花弁。
眠りを吸い込むような黒。
歌が悲鳴に変わった。
大花冠祭は、祝福の頂点で黒く裂けた。




