第49話 地方騎士団の花
私が寝込んでいる間に、ノア様は別の糸を追っていた。
フロレア地方騎士団。
竜眠りの森へ入る巡礼者の安全管理を担う組織であり、役所の警告花にも関わっている。森で行方不明者が出るたび、騎士団は捜索記録を作り、誓約花の有無を確認する。
その記録の一部が、消えていた。
「消えたというより、花に読ませないよう処理されています」
ノア様は宿の小部屋に数冊の写しを広げた。
私はまだ寝台から完全には離れられず、椅子に毛布をかけて座っている。アシュレイ陛下は過保護なくらい近くにいた。リディア様はそれを見て何も言わなかったが、イオはずっと口元を押さえている。
「行方不明者の欄に、無花者だけ姓がない」
ノア様が指す。
「身元不明として処理されたのでは?」
「そう見せかけている。だが宿帳には名前が残っていた。役所の通行税記録にも」
アシュレイ陛下の目が細くなる。
「誰が消した」
「地方騎士団長、ガレス・モント。表向きは森の事故を減らした功労者です」
ノア様の声は硬い。
騎士の不正は、彼にとって他の不正より苦いのだろう。
「会いに行く」
陛下が立とうとしたので、ノア様とリディア様が同時に止めた。
「今は正体を伏せています」
「ミラ様も動けません」
「私は」
「動けません」
三人に言われ、私は黙った。
結局、ノア様が単独で騎士団詰所へ行き、私たちは宿で記録を読むことになった。
ノア様が出ていったあと、部屋の空気は少し重くなった。
陛下は窓の外を見ている。
「ノアは、騎士団の不正を嫌う」
「忠誠花のことがあるからですか」
「それもある。彼はかつて、命令に従うことが忠誠だと思っていた」
「今は」
「止めることも忠誠だと思っている」
私は以前の忠誠花のことを思い出す。
記憶の中で、ノア様が自分の花を見つめていた姿が残っている。
夕方、ノア様は頬に小さな傷を作って戻ってきた。
「何があった」
陛下の声が低くなる。
「話し合いです」
「その傷で?」
「相手の方が多く転びました」
リディア様がため息をつき、傷薬を出した。
ノア様は机に一枚の布を置く。
中から出てきたのは、黒い花弁だった。
「騎士団の地下保管庫にありました。森で見つかった身元不明者の遺品に混じっていたものです」
黒花。
竜鱗に似た光沢。
私は触れようとして、陛下に手首を押さえられた。
「今日は読むな」
「でも」
「ミラ」
名前だけで止められた。
私は手を引いた。
代わりにリディア様が拡大鏡で見る。
「誓約花ではありません。何かの残響が花の形を取ったものです」
イオが震える声で言う。
「竜の?」
「可能性はあります」
ノア様が続けた。
「ガレス団長は、無花者が森へ入って黒花を持ち帰ることを恐れているようでした。だから無花者を街から排除し、記録から消している」
「なぜ無花者だけが」
「花を持たない者は、森の封印に引っかかりにくいらしい」
部屋が静まった。
花を持たないことが、この街では弱さにされている。
でも森では、鍵になるかもしれない。
トマの空白の冠が頭に浮かぶ。
アシュレイ陛下が低く言った。
「花を持たない者を危険として排除したのではない。森へ入れる者を隠したのか」
ノア様が頷く。
「おそらく。騎士団長の背後に、王都の誰かがいます」
「花冠院か」
「断定はできません。ただ、封印糸に似た処理が記録にありました」
また、花冠院。
また、旧い封印。
私は黒花を見つめた。
読めない。
読んではいけない。
でも、花弁の奥で何かが眠っている。
その夜、ノア様は陛下の前で膝をついた。
「申し訳ありません。正体を隠したままでは、これ以上の調査に限界があります」
「分かっている」
「ですが、今ここで王として動けば、王都へ情報が走ります」
「それも分かっている」
陛下は黒花を布で包んだ。
「だから、王ではなく調査班として動く。証拠を集める。王都へ戻った時、言い逃れできない形にする」
ノア様は深く頭を下げた。
「御意」
その姿を見て、私は思う。
忠誠とは、王の言葉を飾る花ではない。
王が間違った方向へ進まないよう、傷を負ってでも道を確かめる花だ。
フロレアの夜は湿っている。
森の匂いが、少しずつ近づいていた。




