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第38話 封鎖された地下

 旧記録庫へ続く地下回廊には、赤い封印布が張られていた。


 花冠院長権限による封鎖。

 理由は、王家機密記録の保全。

 期間は、無期限。


 オルド院長らしい、丁寧で正しい刃だった。


 アシュレイ陛下は封印布の前に立ち、しばらく何も言わなかった。

 近衛たちは息をひそめている。

 リディア様は顔色が悪い。

 私は王妃記録の残響を読んだばかりで、まだ母の声が少し遠い。


「開けろ」


 陛下が言った。


 花冠院の正修復師が震えながら答える。


「院長の許可が必要です」


「王命だ」


「王家機密の保全については、花冠院長に一時封鎖権限が」


 陛下の目が冷える。


「その権限は、王家機密を隠すためではなく守るためにある」


「私どもでは判断できません」


 正修復師は青ざめている。

 彼自身が敵というわけではない。

 命令に挟まれた花だ。


 陛下は一歩引いた。


「ノア。院長を呼べ」


「すでに使いを出しています」


「来ると思うか」


「来ない理由を作るでしょう」


 ノア様の予想は当たった。


 返ってきたのは文書だった。


 院長は戴冠花冠の緊急処置中のため不在。

 旧記録庫の開封は、戴冠十周年儀式後に協議。


 儀式後。


 それでは遅い。


 黒鱗は増え続けている。

 王妃の記録は封じられたまま。

 祝福花偽装と王妃候補花冠試作も、同じ封印糸でつながっている。


「切除する気です」


 リディア様が低く言った。


「戴冠花冠の黒鱗を?」


「ええ。原因を読ませず、儀式に必要な形だけ整えるつもりです」


 十五番と同じ。


 恐怖で枯れた花を、不誠実に見せる。

 黒鱗に侵された戴冠花冠を、正常に見せる。


 形だけを残す修復。


 それは修復ではない。


「地下を力ずくで開ければ、花冠院全体が敵に回る」


 ノア様が言う。


「すでに敵では」


「全員ではない」


 その言葉に、私は第三修復室の保留箱を思い出した。

 パウル、ニナ、イオ。

 若い修復師たち。


 花冠院は院長だけではない。

 力ずくで開ければ、彼らまで巻き込む。


 私は封印布を見た。


 赤い布。

 花冠院の正式な封鎖。

 正しい形をしている。


 正しい形だからこそ、抜け道もあるはずだ。


「リディア様」


「何?」


「旧記録庫の副鍵は、まだありますか」


「あるけれど、封印布が張られている以上、扉を開けても中へは」


「扉ではなく、記録の写しはありませんか」


 リディア様は一瞬止まった。


「写し」


「旧記録庫に入った時、王妃記録箱以外にも棚がありました。箱を開けなくても、目録や写しが別にあるのでは」


 リディア様は考え込む。


「二番棚」


 私は顔を上げた。


 ユリアン・セイルの手紙。


 旧記録庫の二番棚を見ろ。


「二番棚には何が?」


「目録写しです。旧記録庫本体の記録ではなく、どの箱に何が入っているかを記した索引。通常は価値がない。でも」


「今なら、王妃記録箱の続きがどこにあるか分かるかもしれない」


 ノア様が厳しい顔をした。


「罠の手紙と一致する」


「罠でも、手がかりです」


「一人では行かせない」


「もちろんです」


 陛下が私を見る。


「ミラ。君は読まない。探すだけだ」


「はい」


「約束しろ」


「約束します」


 読むな、と言われるたび少しもどかしい。

 でも今は、母の声が薄れたばかりだ。

 自分でも、これ以上読むのは危険だと分かる。


 旧記録庫の二番棚へ行くには、封鎖された正面扉ではなく、隣の乾燥室を通る必要があるとリディア様は言った。


 記録庫の湿気を抜くための細い通路。

 修復師しか知らない裏道。


「違法では?」


 私が聞くと、リディア様は少しだけ笑った。


「規定上は、乾燥室点検です」


 王宮の人たちは、合法的に面倒にしたり、規定上は点検にしたりするのがうまい。


 その夜、私たちは四人で地下へ降りた。


 陛下は来なかった。

 来れば動きが大きくなりすぎる。

 代わりにノア様、リディア様、私、そしてイオ。


 封印糸の結び目を見分けられる若い修復師だ。


 イオは乾燥室の古い鍵を開けながら、小さく言った。


「僕、こういうことをするために修復師になったわけでは」


「私もです」


 私が言うと、彼は少しだけ笑った。


 乾燥室の通路は狭かった。

 壁には古い花材が吊るされ、乾いた香りが満ちている。

 奥に、小さな鉄格子。


 その向こうに、旧記録庫の二番棚が見えた。


 封鎖された地下は、完全には閉じていなかった。


 花冠と同じだ。

 どんなに固く編んでも、どこかに呼吸する隙間がある。


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