第31話 若い修復師たち
祝福花事件のあと、花冠院の空気は二つに割れた。
ひとつは、今まで通り黙っていようとする空気。
もうひとつは、もう黙っていられないという空気。
それが最初に形になったのは、第三修復室から届いた小さな包みだった。
包みの中には、処分予定品の記録札が十七枚。
どれも、下級修復師たちが密かに写したものだ。
根の腐敗なし。
香り残存。
封印糸の痕跡。
誓約者本人の異議申し立てあり。
最後に、小さな紙が入っていた。
保留箱が足りません。
私はその一文を読んで、しばらく机に突っ伏した。
「泣いているのか」
アシュレイ陛下が聞いた。
「泣いていません」
「声が埋もれている」
「保留箱が足りないそうです」
陛下は紙を受け取り、少しだけ目を細めた。
「よい不足だ」
「はい」
花の墓場で、保留箱が足りなくなる。
それは小さな反乱だった。
ただし、小さな反乱はすぐ踏まれる。
リディア様の話では、花冠院長オルドは第三修復室の人員入れ替えを検討しているらしい。
処分判断に疑義を挟む下級修復師は、扱いにくい。
扱いにくい花は、王宮では早めに剪定される。
「なら、剪定される前にこちらへ引く」
陛下は言った。
「こちらへ?」
「王命特任修復師の補助員として、若手修復師を数名任命する」
私は驚いた。
「そんなことができるのですか」
「前例はない」
「またですか」
「必要なら作る」
最近、陛下の前例への扱いが雑になってきている。
その日の夕方、王の書庫へ三人の若手修復師が呼ばれた。
一人目はパウル。
第三修復室で私と同じ銀盆を運んでいた、気弱だが観察眼のある青年。
二人目はニナ。
香りの記録が得意な下級修復師で、処分品の香りを瓶に残す癖がある。
三人目はイオ。
正修復師見習い。無口だが、封印糸の結び目を見分けるのがうまい。
三人とも、王の前で緊張しすぎて、花瓶の花より硬くなっていた。
「楽にしろ」
陛下が言う。
誰も楽にならない。
私は小声で言った。
「陛下、それで楽になる人はあまりいません」
「そうか」
陛下は少し考えた。
「では、命令だ。過度に緊張するな」
さらに硬くなった。
ノア様が目を伏せている。
笑いを堪えているのかもしれない。
私は三人へ向き直った。
「来てくれてありがとう」
パウルが小さく首を振る。
「ミラが、いや、ミラ様が十五番を救ったから」
「様はいらない」
「でも」
「修復の場では名前でいい」
そう言うと、三人の肩が少しだけ下がった。
私は保留箱から十五番の婚約花冠を出した。
「これが最初の事例です。恐怖で枯れ、封印糸で不誠実に見せられていた花冠。私一人では、もう追いきれません」
ニナが花冠へ近づく。
「香りが、まだ怯えています」
彼女の声は震えていた。
「でも、少しだけ白い。救われた香りがします」
その言い方に、私は胸が熱くなった。
花を読む方法は一つではない。
私の残響読解だけが全てではない。
パウルは記録札を見て言った。
「処分承認の筆跡、いつもの書記と違う」
イオは封印糸を見た。
「第二七束。結びが二重返しです。これ、上級者の癖です」
リディア様が目を見開いた。
「あなた、分かるの」
イオは小さく頷く。
「結び目だけは」
私は思った。
保留箱は、足りないのではない。
保留箱を持つ人が増え始めているのだ。
陛下は三人を見て、静かに言った。
「君たちを王命特任修復補助員に任じる。役目は、処分予定の花冠を再読し、不審な判定を記録し、証拠を守ること。断罪ではない。修復と事実確認だ」
三人は震えながら礼をした。
その礼はぎこちなかった。
でも、床へ沈むものではなかった。
夜、三人が帰ったあと、陛下は私に言った。
「君の花冠が増えたな」
「私のではありません」
「では、誰の」
「花冠自身の」
陛下は少しだけ笑った。
王宮の奥で、花冠院の若い修復師たちが動き始めた。
それはまだ小さな芽だ。
踏まれればすぐ折れる。
でも、折れないよう守る人は、もう私一人ではなかった。




