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第27話 偽装された祝福

 祝福花の回収は、夜明けまで続いた。


 王宮の大広間は、夜会の余韻を失っていた。

 音楽は止まり、花灯りは半分落とされ、床には踏まれた花びらが散っている。


 花を踏まないように歩く余裕は、誰にもなかったのだろう。


 私は封印台の前に座り、回収された祝福花を一つずつ確認していた。

 リディア様が隣で記録を取る。

 ノア様は少し離れて警護。

 アシュレイ陛下は、倒れた神殿監督官の診察結果を待ちながら、広間の奥で報告を受けている。


 眠っていない。

 もちろん、眠っていない。


 それなのに事件が起きる。

 王宮は、眠らない王をさらに眠らせないようにできているのではないかと思うほどだ。


「ミラ。次」


 リディア様に促され、私は銀杯から取り出された祝福花へ視線を落とした。


 白い小花。

 本来は無害。

 乾杯の時、祝福の意味を添えるだけの花。


 けれど、その中心に薄い金の膜が張っている。


「同じです。祝福増幅。命令感応あり」


 リディア様が記録する。


「濃度は?」


「監督官の杯より薄いです。でも、数が多い」


「広間全体に浅くかけるつもりだったのね」


「特定の誰かを強く操るのではなく、場の空気を傾ける」


 言葉にすると、背筋が冷えた。


 夜会の場で、全員が少しだけ祝福と命令を取り違える。

 その状態で誰かが「王妃にふさわしい花」を示せば、多くの人がそれを自然な祝福として受け入れるかもしれない。


 狙いは、セレスティア様だったのだろうか。

 それとも私か。

 あるいは、陛下の婚姻そのものか。


 私は次の花へ手を伸ばした。


 リディア様が止める。


「休みましょう」


「まだ半分あります」


「あなたの代償記録が先」


 私は筆を取った。


 甘さ、遠い。

 怒り、やや回復。

 恐怖、正常。

 疲労、強い。

 判断、やや鈍い可能性。


 最後を書いた瞬間、リディア様が紙を取り上げた。


「休憩」


「でも」


「判断が鈍い可能性と自分で書いたでしょう」


 正しい。

 正しすぎて反論できない。


 私は封印台から離れ、広間の端に座った。


 そこへセレスティア様が来た。


 顔色はまだ悪い。

 けれど姿勢は崩れていない。


「助けていただいたようね」


「花が拒んでいました」


「あなたはいつも花の手柄にするのね」


「実際そうなので」


 セレスティア様は私の隣に座った。


 王宮の大広間の床に、公爵令嬢が座る。

 それだけで侍女たちが慌てそうだが、今は皆それどころではない。


「父が仕掛けたと思っている?」


 直球だった。


 私は少し考えた。


「可能性はあります」


「優しい言い方」


「証拠がありません」


「証拠があれば?」


「花と証拠を見ます」


 セレスティア様は笑った。


 疲れた笑いだった。


「父は、私を王妃にしたいのではありません。王の花冠にヴァーン家の糸を通したいだけ」


「セレスティア様は」


「なりたくないと言えば嘘になるわ」


 意外だった。


 彼女は胸元の蕾に触れる。


「王妃という地位そのものに憧れなかったわけではないの。幼い頃からそう育てられた。王の隣に立つための礼も、微笑みも、花を踏まない歩き方も、全部」


「では、なぜ蕾は」


「咲かないのか」


 彼女は続きを引き取った。


「たぶん、私が選んでいないから」


 静かな言葉だった。


「父のために咲く花でも、国のために咲く花でも、陛下のために咲く花でもなく、私自身が選ぶ花でなければ咲かない。そう分かっているのに、私はまだ選べない」


 咲かない蕾。

 枯れないのは、彼女が完全に諦めていないからかもしれない。


「ミラ様」


「はい」


「あなたは、陛下を選んだの?」


 胸が跳ねた。


「私は、修復契約を」


「契約ではなく」


 セレスティア様は私を見る。


「あなた自身の花は、どうしたいの」


 答えられなかった。


 仮婚約。

 王命特任修復師。

 修復契約。

 十五番。

 戴冠花冠。

 陛下の眠り。


 それらを全部外した時、私は何を選ぶのか。


 まだ、分からない。


「分からないなら、それでいいわ」


 セレスティア様は立ち上がった。


「分からないまま咲かせると、あとで腐りますもの」


 彼女らしい助言だった。


 その時、封印台の方でリディア様が声を上げた。


「ミラ!」


 私は駆け寄る。


 リディア様が示した祝福花は、他と違っていた。


 中心に金の膜。

 その下に、赤い糸のようなもの。


「封印糸?」


「第二七束と同じ特徴がある」


 十五番。

 王妃候補花冠試作。

 祝福花偽装。


 同じ糸が、また出た。


 アシュレイ陛下が近づいてくる。


「証拠になるか」


 リディア様は頷いた。


「少なくとも、同じ技術体系です。花冠院の中に、この偽装を扱える者がいます」


「院長か」


「または、院長に近い者」


 私は祝福花を見つめた。


 毒ではない。

 だから油断した。

 けれど、これは毒より王宮らしい。


 意思を曲げる花。

 祝福の顔をした命令。


「陛下」


 私は言った。


「この事件は、セレスティア様だけではなく、夜会全体を使った実験かもしれません」


「実験?」


「誰かが、祝福を命令に変える方法を試しています」


 陛下の目が冷える。


「王妃選定で使うためか」


 セレスティア様の蕾が、遠くで小さく震えた。


 祝福花の偽装は、夜会で止まった。

 けれど、仕掛けた人間はまだ花冠院か貴族院のどこかにいる。


 そして次は、もっと大きな場で使うだろう。


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