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第23話 保留の花と咲かない蕾

 セレスティア様は、午後の茶会に私を呼び出した。


 招待状には、完璧な文字でこう書かれていた。


 仮婚約者様の夜会準備について、ささやかな助言を差し上げたく存じます。


 ささやか。

 助言。


 セレスティア様が使うと、どちらも刃物に見える。


「行かなくてもよい」


 アシュレイ陛下は、招待状を見てそう言った。


「でも行った方がいいですよね」


「そうだ」


「陛下は、たまに答えを二つ出します」


「王としての答えと、個人としての答えが違うことはある」


 個人としては行かせたくない。

 王としては行かせるべき。


 そう聞こえてしまい、私は招待状の端を見つめた。


「では、修復師として行きます」


「仮婚約者としてではなく?」


「両方だと足がもつれます」


 陛下は少しだけ笑った。


「ノアをつける」


「セレスティア様は嫌がりませんか」


「嫌がるだろうな」


「では」


「嫌がる相手ほど、護衛は必要だ」


 その理屈は分かる。

 分かるが、茶会に近衛つきで行く仮婚約者は、かなり物々しい。


 結果として、ノア様は庭園入口で待機し、私は侍女一人を伴ってセレスティア様の私室へ向かった。


 ヴァーン公爵家が王宮滞在用に使う部屋は、東翼よりずっと華やかだった。

 白と金を基調にした壁。

 繊細なレースの幕。

 花瓶には大輪の白薔薇。


 ただし、床には一枚も花びらが落ちていない。


 完璧すぎる部屋だ。


 セレスティア様は窓辺に座っていた。

 淡い緑のドレス。

 胸元には、あの咲かない蕾。


「いらっしゃい、ミラ様」


「お招きありがとうございます」


 礼をする。

 床へ沈まない。

 謝りすぎない。


 セレスティア様は、ほんの少しだけ目を細めた。


「練習なさったのね」


「刺さらない微笑みを」


「まだ少し刺さりますわ」


「難しいです」


「王宮で刺さらない微笑みを覚える必要はありません。刺す場所を選ぶことです」


 また教材として強い人だ。


 茶が運ばれ、私たちは向かい合って座った。


「夜会では、あなたは笑われます」


 最初の助言がそれだった。


「やはり」


「家格、出自、花冠院の等級、仮婚約の不自然さ。笑う材料はいくらでもあります」


「防ぎようは」


「ありません」


 即答。


「では、どうすれば」


「笑わせておきなさい。重要なのは、誰が最初に笑い、誰が笑わず、誰が笑いながらあなたの花を見るかです」


 私は茶器を置いた。


「花を見る人」


「あなたは修復師でしょう。夜会は花冠だと思いなさい。人々の視線が糸です。どこから締め上げようとしているか見ればいい」


 セレスティア様の助言は、冷たいが的確だった。


「なぜ、そこまで教えてくださるのですか」


「あなたが無様に潰れると、父が喜ぶからです」


「お父様に反抗したいのですか」


 聞いた瞬間、室内の温度が下がった気がした。


 侍女が息を呑む。


 セレスティア様は微笑んだ。


 刺さる微笑みだった。


「ミラ様。あなたは花を読む前に、人を見る練習を始めたばかりですわね」


「はい」


「今の問いは、人ではなく花の根を掘っています」


「すみません」


「謝りすぎ」


 反射で叱られた。


 セレスティア様は胸元の蕾に触れた。


「この蕾が気になるのでしょう」


「はい」


「正直ですこと」


「勝手には読みません」


「それは知っています。だから、あなたは危うい」


「なぜですか」


「読まないと決めていても、見えてしまうことがあるでしょう。花を踏まない人と、花を踏めない人は違います」


 私は言葉に詰まった。


 セレスティア様は窓の外へ視線を向ける。


「私は花を踏みません。踏まないように育てられたからです。どの花が誰の誓約で、どの花を踏めばどの家が怒るか、幼い頃から覚えさせられました」


「それは、優しさではなく?」


「優しさもありますわ。少しくらいは」


 彼女は笑った。


 今度は少しだけ下手な笑みだった。


「でも、多くは訓練です」


 咲かない蕾が、かすかに揺れる。


「この花も訓練の結果ですか」


 私は慎重に聞いた。


 セレスティア様は答えなかった。


 その代わり、別のことを言う。


「夜会で、父はあなたに近づきます」


「ヴァーン公爵が」


「ええ。優しく、礼儀正しく、あなたの家格を褒め、修復師としての才能を褒め、陛下のために身を引くことがどれほど美しいか語るでしょう」


 想像するだけで胃が重い。


「どう返せば」


「何も約束しないこと。感謝も少なめに。曖昧に微笑んで、陛下かノア卿のいる方へ逃げなさい」


「逃げてよいのですか」


「逃げる技術は、王宮で最も重要な礼法です」


 マルタ先生と同じくらい実用的だ。


 茶会の終わり、セレスティア様は白薔薇の花びらを一枚摘んだ。


「これを」


「よろしいのですか」


「夜会で胸元に挿しなさい。ヴァーン家があなたを完全に排除する意思はない、という印になります」


「セレスティア様の意思ですか」


「私の花瓶の花ですもの」


 それは、父の意思ではないという意味だろうか。


 私は花びらを受け取った。


 白薔薇は、踏まれていない花の香りがした。


「ありがとうございます」


「お礼は夜会を生き延びてからで結構」


 部屋を出る時、私は振り返った。


 セレスティア様は窓辺で、咲かない蕾に指を置いていた。


 その横顔は、敵というには寂しすぎた。


 庭園入口で待っていたノア様に花びらを見せると、彼は眉をひそめた。


「危険物では」


「白薔薇です」


「王宮では白薔薇も危険物になる」


「でも、踏まれていません」


 ノア様はため息をついた。


「君の判断基準は相変わらずだ」


 私は花びらをそっと記録帳に挟んだ。


 保留の花と、咲かない蕾。


 夜会で見るべき花は、また一つ増えた。


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