第119話 私の花を編む
私たちの婚約花冠は、すぐには完成しなかった。
当然だと思う。
仮婚約の時は、王命と契約で形だけを先に作った。
今度は違う。
何を編み込み、何を編み込まないか。
王妃になるかどうか。
再読室主任としての仕事をどう保つか。
眠りの補助と私情をどう分けるか。
記録官をどこまで入れるか。
婚約花冠の打ち合わせとは思えない議題が並んだ。
セレスティア様はそれを見て、楽しそうに言った。
「面倒な花冠にすると言ったでしょう」
本当に面倒だった。
でも、その面倒さが嬉しかった。
私たちの花冠は、誰かが整えた美しい完成品ではない。
話し合いながら編むものだ。
最初に編み込んだのは、私の白い誓約花の花弁だった。
丸ごとではない。
一枚の端を少しだけ。
私の花は、私の胸元で咲き続ける。
婚約花冠に入れるのは、その選択の一部だけだ。
次に、アシュレイ様の新しい花冠から、夜明け竜胆の小さな花粉。
王としての誓約全部ではなく、眠りを分ける道を選んだ彼個人の誓い。
そこへ保留糸。
答えを急がないために。
記憶保留花の紙片。
失ったものを隠さないために。
空白布。
互いの知らない部分を、無理に埋めないために。
そして、母の白い花弁の影。
実物は入れなかった。
母の花弁は私の道具箱に残す。
でも、その形を模した小さな布花を編み込んだ。
母の痛みを全部持ち込むのではなく、母から受け取った「壊れた花を見捨てない」という核だけを。
アシュレイ様は、王妃エリシアの夜明け竜胆の写しを入れた。
王妃の願いを、私たちの花冠が受け継ぐために。
作業は再読室で行った。
リディア様が技術監修。
カッサが文句係。
イオが記録。
セレスティア様が意匠監修だと言い張り、メイベルが費用計算をし、フィオナが祝祷ではなく記録文を用意した。
ほとんど小さな評議会だった。
アシュレイ様は時々、作業台の上の花冠を見て困ったように笑う。
「婚約とは、こんなに人が多いものなのか」
「私たちらしいのでは」
「そうだな」
二人きりの甘い時間は少ない。
でも、私たちは一人で背負わない道を選んだ。
婚約花冠も、その道の上にある。
最後の仕上げだけは、二人で行った。
夜の再読室。
机の上に、未完成の花冠。
外には記録官がいるが、部屋の中は静かだった。
私は白い誓約花に触れる。
この花が咲いた時、私は候補ではないと言った。
今も、私は誰かの所有物として咲くわけではない。
自分の花を、自分で一部編み込む。
それが大切だった。
「いいのか」
アシュレイ様が聞く。
「はい」
「何度でも聞く」
「何度でも答えます」
私は微笑んだ。
「私は、私の花をこの花冠に編み込みます」
白い花弁の端を、保留糸で結ぶ。
アシュレイ様が夜明け竜胆の糸を重ねる。
二つの糸は、中心で結ばれない。
少し横で交わり、空白を残して輪になる。
その空白が、私たちらしかった。
完成した婚約花冠は、華やかではない。
けれど、手に取ると温かい。
私はそれを見て、胸の奥に確かな喜びを感じた。
遅れずに。
ちゃんと。
私の喜びとして。




