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116/120

第116話 第三修復室ではなく

 第三修復室の札を外す日、私は少し泣いた。


 自分でも驚いた。


 あの部屋は、最初は処分室だった。


 壊れた花冠、規格外の誓約花、誰も触りたがらない花が送られてくる場所。下級修復師の私が、一人で花の最後の感情を読んでいた場所。


 寂しくて、暗くて、でも私の居場所だった。


 だから札が外される時、嬉しいだけではなかった。


 終わることは、やはり少し寂しい。


 パウルとニナが脚立を押さえ、イオが新しい札を持っている。


 リディア様は儀式めいた顔で立っていた。


 カッサは「札くらいさっさと替えな」と言いながら、わざわざ見に来ている。


 新しい札には、こう書かれている。


 再読室。


 その下に小さく。


 保留、記録、本人同意。


 私は古い札を手に取った。


 第三修復室。


 木の角が擦り切れている。


 たくさんの花を受け取った手の跡がある。


「捨てますか」


 イオが聞いた。


 私は首を振る。


「記録として残します」


 リディア様が頷いた。


「処分室だった歴史も、消さない方がいい」


 古い札は、再読室の棚に置かれることになった。


 見える場所に。


 隠さないために。


 再読室の運用は、以前と大きく変わった。


 壊れた花は、まず保留箱へ。

 持ち主本人への聞き取り。

 修復師二名以上の確認。

 深読みには同意書と補助糸。

 代償記録の義務。

 民間技術の参照。

 無花者や花を持たないケースの相談窓口。


 書類は増えた。


 面倒でもある。


 でも、その面倒さが人を守る。


 昼過ぎ、アシュレイ陛下が再読室を訪れた。


 新しい花冠は今日は身につけていない。代わりに、簡素な休眠用の花紐を手首に巻いている。


「様子を見に来た」


「視察ですか」


「半分」


「残り半分は」


 彼は少し黙った。


「君の居場所が変わる日を見たかった」


 胸が温かくなる。


 この人は、そういうことを言うようになった。


 以前なら、王命や必要性の形をしていた言葉が、今は少し不器用なまま届く。


「寂しいです」


 私は正直に言った。


「良い変化なのに」


「良い変化でも、寂しいものは寂しい」


 陛下は頷く。


「私も、古い戴冠花冠をほどいた時、少し寂しかった」


 王を縛った冠でも。

 眠りを奪った冠でも。


 それは彼の十年を一緒に過ごしたものだった。


 私たちは、悪いものを捨ててすっきり終わるわけではない。


 悪かったものにも、自分の時間が絡んでいる。


 だから記録する。


 私は古い札を棚に置いた。


 その隣に、新しい保留箱を並べる。


 第三修復室ではなく、再読室。


 処分ではなく、保留。


 孤独な読み取りではなく、共同の記録。


 でも、壊れた花を見捨てないという核は変わらない。


 陛下が言った。


「似合っている」


「部屋がですか」


「君も、部屋も」


 私は少し照れた。


 カッサが後ろで咳払いする。


「仕事場で甘い空気を出すんじゃないよ」


 リディア様が真面目に「甘味反応は検出されていません」と返し、全員が少し笑った。


 再読室は、笑い声から始まった。


 それは第三修復室にはなかった音だった。


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