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115/120

第115話 誰も全部を奪われない

 共眠誓約の結び直しから一月後、最初の報告会が開かれた。


 場所は花冠院の大講堂。


 もう白い壁だけの場所ではない。


 入口にはフロレアの保留糸の見本、無花者の空白冠、記憶保留花の作り方、候補者本人宣言の写しが並んでいる。


 第三修復室の札は外されていた。


 代わりに、新しい札がかかっている。


 再読室。


 壊れた花をもう一度読む場所。


 私はその札を見るたび、まだ少し落ち着かない。


 でも、嫌ではない。


 報告会では、各地の状況が共有された。


 王の眠りは、週に三度、短時間から始めている。


 眠りのたびに、軽い眠気共有はあるが、重大な記憶欠落は起きていない。


 記憶保留花は王都だけでなく、フロレア、北方、商都、神殿領へ広がっている。


 無花者の身分記録制度は、花を持たないことを欠落として扱わない形へ改定中。


 商業奉公花の追加条件監査も始まった。


 すべて順調、ではない。


 反発もある。


 貴族院の一部は、王が民に頼りすぎると批判している。

 地方では、無花者保護を嫌う役人が抵抗している。

 花冠院内部にも、昔の規格へ戻したがる者がいる。


 それでも、問題が記録に上がるようになった。


 隠されない。


 それだけで、以前とは違う。


 報告会の最後、記憶被害の追跡が行われた。


 戻った記憶。

 戻らない記憶。

 別の人が補っている記憶。


 老婦人は蜂蜜菓子の甘さをまだ思い出せない。


 けれど孫が一緒に作り直し、新しい味を記録した。


 リナは母の菓子の配合を一つ失ったままだ。


 だが、その空白から新しい菓子が生まれ、宿の名物になり始めている。


 トマは昨日遊んだ子の顔を思い出せなかったことを、相手の子と一緒に絵に描いた。


 完全には戻らない。


 でも、消えたまま一人で抱えるのでもない。


 報告を聞きながら、私は母の痛みを思う。


 私も全部は戻していない。


 でも、その空白と暮らし始めている。


 アシュレイ陛下は報告席で、一つ一つに耳を傾けていた。


 王が謝罪して終わるのではなく、記録を聞き続ける。


 それも王の仕事になった。


 報告会の後、再読室に一人の少女が来た。


 壊れた婚約花を抱えている。


 昔の私のように、不安そうな顔。


「これは、捨てられますか」


 私は首を振った。


「まず、保留箱に入れましょう」


 少女は泣きそうになった。


「すぐに悪い花だと決まらないのですか」


「決めません」


 私は箱を開ける。


 白い布が敷かれた、小さな場所。


 少女の花をそこへ置く。


 花は震えながらも、少しだけ息をした。


 誰も全部を奪われない。


 その言葉は、眠りだけではなく、花にも人にも必要だった。


 再読室の窓から、王宮の庭が見える。


 アシュレイ陛下が、公開休眠室へ向かうところだった。


 途中でこちらに気づき、小さく手を上げる。


 私は笑って頷いた。


 王は眠りに行く。


 私は壊れた花を保留箱に入れる。


 それぞれの仕事が、同じ輪の中にある。


 その日、再読室の棚には十五番の押し花も置かれた。


 花の墓場と呼ばれた場所から始まったものが、今は誰かの記憶を置いておく棚になっている。


 完璧ではない。


 でも、続いている。


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