第113話 結び直す共眠誓約
竜との共眠誓約を結び直す日は、雨だった。
王都の雨は、花弁の夜を思い出させる。
けれど人々は逃げなかった。
広場には屋根布が張られ、その下に新しい花冠、夜明け竜胆、記憶保留花、無花者の空白冠が並んでいる。
森へは行かない。
竜眠りの森から、竜の残響を王都へ招く。
それは危険な試みだった。
だが、共眠誓約を王都と森で分けたままでは、また誰かが片方を隠せてしまう。
アシュレイ陛下は新しい花冠を身につけて立った。
私は白い誓約花を持ち、隣ではなく少し後ろにいる。
王の誓約は王自身のものだ。
でも、一人ではない。
リディア様が古文書を読み上げる。
花ある者は夢を結び、花なき者は夢を逃がす。
王は輪の中心にあらず、輪の一部として眠る。
竜は眠りを奪わず、道を見守る。
言葉が雨に混じる。
トマたち無花者が空白冠を掲げる。
候補者たちがそれぞれの花を掲げる。
記憶保留花を持つ人々が、失われた記憶の名を声に出す。
すると、広場の中央に青い光が立ち上がった。
竜の目が開く。
今度は怒りだけではない。
疲れと、警戒と、ほんの少しの期待。
返したか。
胸の内側に声が響く。
アシュレイ陛下が答えた。
「すべては返せていない」
広場が静まる。
正直な答え。
「失われた記憶がある。戻らない痛みがある。だが、一人の器へ集める仕組みはほどいた。これからは、記録し、分け、選べる道を守る」
竜の目が細くなる。
誓うか。
「誓う。ただし、私一人の誓いにはしない」
陛下は振り返った。
私たちを見る。
修復師、職人、候補者、無花者、記録官、神官、商人、騎士、民。
それぞれが頷く。
私も白い誓約花を掲げた。
「私たちも誓います。壊れた花を隠さない。痛みを一人に集めない。記憶を失った人を、記録の外へ出さない」
声は一つではない。
たくさんの声が重なる。
竜の目がゆっくり閉じかけた。
その時、新しい花冠の内側の空白が光る。
眠りの道が開いた。
王都から森へ。
森から王都へ。
花ある者から、花なき者へ。
記憶から、記録へ。
痛みから、保留へ。
アシュレイ陛下の体がわずかに揺れる。
眠気が来ている。
でも今度は、恐怖だけではなかった。
「眠ってください」
私は言った。
彼は私を見る。
「ここで?」
「ここで」
広場の人々が息をのむ。
王が人前で眠る。
それは、この誓約の核心だった。
陛下は深く息を吸い、目を閉じた。
新しい花冠が光る。
眠りは彼へ落ちる。
同時に、輪へ広がる。
誰かの記憶が一気に奪われることはない。
かわりに、広場全体へ柔らかな眠気が行き渡った。
母親が子どもの肩を抱き、老夫婦が手を握り、騎士が剣から手を離す。
竜の残響が、静かに息を吐いた。
結び直された共眠誓約は、完全ではない。
でも動いた。
雨の王都で、王は人々の輪の中で眠った。
そして誰も、自分の名前を失わなかった。




